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「ご満足いただけだけたようで、何よりでございます。それでは改めまして、ご契約内容についての説明をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
十日後、我が家を再訪した葛郡を、私はすぐに客間へと案内した。
『pocket season』を継続利用するため、彼らと正式な契約を結ぶことに決めたのだ。
お試しで使っていた『spring』の能力は、想像以上に素晴らしいものだった。
まず、春の気温を自由に持ち運べるという点。これだけでも、相当に生活の質は上がった。寒さが苦手な私は、冬になるといつも暖房器具を多用していたが、部屋が完全に暖まるまでにはある程度の時間がかかるし、燃料代も馬鹿にならない。加えて問題となるのが空気の乾燥だった。毎年、暖房でカラッカラになった空気を潤すために、濡れタオルを干してみたり、加湿器を使ってみたりしていたが、部屋の中はごちゃごちゃとするし、うっかりするとカーペットの下に水気が溜まってしまったりと、何かと煩雑な後処理が必要になった。
しかし『spring』を使えば、それらの問題のほとんどが解決できた。スイッチを押したとたんに周囲は春の陽気に包まれるので、暖かくなるのを待つ必要がない。球体を中心した半径五メートル以内であれば、冷たい空気が外から入ってくるという事もないので、換気も十分にできた。他の暖房のように急激に周りの空気が乾く、という事もない。春の空気自体がある程度乾燥気味なのは致し方ない部分ではあるものの、真冬の空気に比べればマシに感じる程度であった。しかも『spring』を持ち運べば、この快適な環境を移動中も維持することができるのだ。出勤の際、私はいつも着膨れするほどに重ね着をしていたのだが、その必要もなくなった。
また、『spring』の効果は気温だけに留まらなかった。球体をポケットに入れたまま桜の木が植えられた街道を通れば、私が歩いた周りだけに満開の桜の花が咲いた。河川敷を歩けば、土手にはタンポポの黄色い花がちらほらと見えた。いったいどういう原理なのかはさっぱり分からなかったが、『spring』は周囲の動植物にも影響を与えるようだった。思いもよらないところだと、スーパーマーケットで買った普通のキャベツが、柔らかくてみずみずしい『春キャベツ』に変わっていた事がある。この時は流石に少し笑ってしまった。
そして、もう一つ。
これは『spring』の効果と言えるのかは分からないが、私の身に大きな変化があった。
恋人が出来たのである。実に数年ぶりの出来事だった。期待すらしていなかったことだったので、思いを打ち明けられた時には驚いたが、不思議と私の中にも受け入れる気持ちが出来ていた。もしかしたら、ある意味『春が来た』のかもしれないな、となんとなく思えた。
「ではプランをご確認ください。基本的には月額制となっておりますが、例外もございます。クーリングオフの期間を過ぎますと、解約はできかねますので、ご注意を」
手渡されたパンフレットに目を通す。『spring』のみのシングルプラン。『spring』と『summer』、もしくは『spring』と『winter』の二つを利用できるセットプラン。そして、春夏秋冬四種類の『pocket season』を制限なしで利用できるプレミアムプラン……。
「え、『autumn』って、プレミアムプランでしか使えないんですか?」
私は驚き、顔を上げる。葛郡は相変わらずの微笑を浮かべている。
もう一度パンフレットに隈なく目を通してみたが、やはりどうしても『autumn』は他のプランでは利用できないようだった。
私は、四季の中ならば秋が一番好きだ。気候も過ごしやすく、食べ物も美味しい。正規に契約をするのなら、必ず『autumn』は使えるプランにしたかった。けれども、プレミアムプランはさすがに高額だ。よくよく読めば、このプランに限り、最低でも三年間は利用し続けなければならないらしい。随分なやり方ではないかと思い、私は不満げに目の前の葛郡を睨みつけた。表情一つ変えない訪問販売員はゆっくりと頭を下げる。
「ご理解くださいませ。私共も『商い』でやっておりますので……」
だからと言って、楽しみにしていた『秋が無い』なんて、私には耐えられない。
数十分悩んだ末、私は『pocket season』プレミアムプランの加入申込書にサインをした。
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