月面探査 軌道船

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「こちら地球。着陸船から返信はあったか? 着陸船の場所は特定できたか?」  月の裏側から現れた軌道船に対し地球の管制室から通信が入った。無線を通しても管制室の緊迫感が伝わってきた。 「こちら、軌道船。着陸船から通信は入っていません。着陸船の場所の特定も出来ていません」  着陸船を切り離し月に降下する姿を見送り、月の周回軌道を回り二時間後に戻ってきた時に、事態が計画を外れたものになっている事に気がついた。着陸船に呼びかけて、月の表面を観察しても着陸船を発見する事は出来なかった。   出発前・・・・ 「レナード、家族への手紙は書き終わったのか?」  船長のマーカスが話しかけてきた。 「書き終わったよ。難易度の高いミッションの時には毎回書かされるからな。しかし、文面を考える方が難易度の高いミッションだな」 「オー、確かにそうだな。『人類初』と書けるようなミッションだと書きやすいのだが、文面を考えるのは回を重ねるごとに難易度が高くなるからな」 「そうだな。『人類初』か・・・、月の裏側着陸も『人類初』ではないからな」 「こちら地球。着陸船から応答はあったか? 着陸船の場所は特定できたか?」  約二時間で周回する月軌道上で繰り返された通信だった。 「こちら、軌道船。着陸船からの通信はありません。着陸場所の特定も出来ていません」 「こちら地球。着陸予定地点から外れている可能性がある。周辺部に痕跡はないのか?」  着陸予定地点は事前に月の全球儀から着陸が容易な場所が選ばれている。しかし、着陸に適した平坦な地点は目視で確認できる高度まで下りないと分からない。そのため、軌道船が周回している間に見失う事は事前に予想された問題の一つだった。 「こちら、軌道船。待機軌道では着陸船を発見する事は不可能。高度を下げて探索を試みたい。検討を願う」 「こちら地球。軌道船の高度を下げての探索の検討を行う。二時間の猶予が欲しい」 「こちら、軌道船。了解した」  高度百キロの待機軌道では、直径十メートルほどの物体を見極める事は双眼鏡を使っても不可能だった。   出発直前・・・・ 「マーカス、家族への手紙はちゃんとに書いたのか?」 「あー、大丈夫だ。月旅行が当たり前になるためには『人類初』ではない日常の積み重ねが必要だと書いておいたよ」 「ははは、『人類初』に拘っているな。月で行われていない事。宇宙で行われていない事なんて沢山あるじゃないか。地球がビックリする様な事でもやろうか?」 「いいね。月に着くまでに考えておくよ」 「こちら地球。提案を了承した。軌道変更のプログラムを送る。高度は十五キロだ。月の最高地点とは四キロの高度差だ。高度計の数字には十分気を付けてくれ」 「こちら、軌道船。高度十五キロ、了解した。プログラムの修正が終わり次第、実行する」  受信したプログラムを見ながらコンピュータに打ち込んでいく。入力にミスがない事を再度確認する。軌道変更と帰還に必要になる燃料は十分に残る計算になっていた。 「こちら、軌道船。プログラムの入力と確認が終わった。直ちに実行に移る」 「こちら地球。了解した」  双眼鏡越しで実質高度一キロ。発見の可能性は格段に高くなったが、高度を落とした分、速度が速くなる。月の裏側になると景色が一変する。表側の穏やかさは微塵もなくクレーターと岩石がころがるゴツゴツした世界が広がっている。   着陸船分離前・・・・ 「マーカス、いよいよミッションの山場だな」 「いよいよだ。ところで地球がビックリする『人類初』は何か思いついたか?」  ポケットからスキットルを二つ出し、一つをマーカスに渡した。 「人類初の飲酒運転だ」 「おー、レナード。素晴らしい。ミッション成功の前祝だ」  マーカスは飲み干した。 「俺たちの人類初に乾杯」  自分のスキットルを飲み干した。  着陸予定地点近くの斜面に不自然な直線。その先に横転した着陸船があった。ついに発見した。着陸船の写真を撮ると交信可能域に出るのを待った。 「こちら軌道船。着陸船を発見した。着陸予定地点近くの斜面で横転しているのを確認した」 「こちら地球。レナード。もう一度繰り返してほしい」 「こちら、軌道船。着陸船が、斜面で横転していた」 「こちら地球。了解した。別命あるまで現状で待機」 「こちら、軌道船。別命あるまで待機する」   着陸船分離直前・・・・  マーカスを着陸船のシートに固定すると、自分のスキットルもマーカスのポケットにねじ込んだ。着陸船の操作パネルのスイッチを全て入れた後、ハッチを閉めた。これで着陸地点の高度五キロまでは自動で操船される。 「こちら地球。ミッションは中断だ。帰還してくれ」 「こちら、軌道船。了解した。帰還する」  レナードは帰還プログラムを起動すると、人類初のミッションに酔いしれていた。   了
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