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:ボクの願い
異世界に召喚されてしまったその兄妹は、森をしばらく歩いていて会話するくらいの余裕は戻ったみたいだった。
皇女から渡された袋に入っていた地図を広げ、森の先にある町を目指している。
「このあたり、時空が揺らいでいるらしいから近づかないほうがいい」
「ええー!? なにそれ、こわい」
地図に書かれた異世界の文字が不思議と読めることなどから話題を見つけて無理やり笑顔を浮かべて気を紛らわしているようにも見えた。
彼らなりの自己防衛。
辛いと思った時こそ、小さな幸せを見つけ出して心の均衡を保とうとしているのだろう。
――〝復讐したい〟
――〝かえりたい〟
ごめんね。ボクには、キミたちを元の世界に帰してあげる力なんてないけれど。
『自分と大切な者たちが笑顔に囲まれ幸せであること、それが一番の復讐だ』
これは、兄のキミが、普段から妹や周囲に言っていた言葉だよ。
『誰よりも幸せになって、笑顔が絶えないその様子を見せつけてやればいい。誰かを陥れようとするのは、自分が幸せじゃないと宣言しているようなものだ。自分自身が不幸だから、他人の不幸を望み、その様子を見て笑う』
綺麗事だと笑いたければ笑えばいい。他人の不幸を喜ぶ者は心が貧しいのだと……元いた世界で、キミが言っていたんだよ。
『だからキミは、そんな者たちの同類になどならない、そうだよね?』
どうか思い出して。
キミがキミ自身に誇れる、その心の気高さを。
「……俺、は……っ、そうだよ、こんなことで堕ちてたまるか。自分と大切な者たちが笑顔に囲まれ幸せであること、それが一番の復讐なんだ。俺は、他人の不幸なんて願わない!」
その瞳から流れ落ちた一筋の雫は、この先のキミの糧になるよ。
勇者とは、強さと優しさを兼ね備えた勇敢なる者のこと。
「……うん、そうだよね。帰れないと決まったわけでもないし。異世界に旅行に来たと思って楽しんじゃえばいいんだよね」
そして、その世界での聖女の力は、キミたちがその世界で生きていく上できっと心強いものとなるよ。
汚れた地を浄化し、植物を育み、傷を癒す……神の奇跡。
存在すらあやふやで不確かなボクよりも、今を生きている者たちが積み重ね、束ねた力は救いとなるから。
自分に余裕が無い時にまで誰かを救おうとしなくてもいい。
だけどね……それでも、どんな状況であろうとも、他者の不幸なんて願わないでほしいんだ。
怒り、恨み、憎しみ……そんな感情を抱き続けて心を磨り減らすことになるのは、そんな感情を持ち続けている者自身なんだから。
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