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昨日のことが、脳裏にこびりついて離れない。翌朝、誰かにあの事を話すわけにもいかず、おびえながらも僕は登校した。
まだ、木崎のことは、騒ぎになっていないようだ。いつも通りの生徒が行きかう廊下を歩いていると、背後から声がした。
「おはよう」
聞きなれた声に、僕は振り向く。
そこにいたのは、木崎だった。いつものように背中を丸め、彼は右手をポケットに突っ込んでいる。
「お、お前、なんでいるんだ?」
驚いて声をひっくり返し、僕は木崎を指さした。間抜けな僕の顔を見て、木崎は照れくさそうに左手で頬をかく。
「昨日はごめんな、恥ずかしいものを見せちゃって。彼女と喧嘩して話し合ったんだけどさ、やっと分かってもらえたみたいで」
「……そか、仲直りしたんだな」
僕が言うと、彼は頬を赤らめて「おかげさまで」なんて答えやがった。
どうやらあれは、ただの痴話げんかだったらしい。
心配して損した。
「じゃあ、そろそろチャイムが鳴るから行くよ。……彼女が心配して急かしてくるからさ」
そう言って、木崎は右手をポケットから出した。
「じゃあ、また」
僕に向かって手を振りながら、木崎は教室の方へ去っていった。
その右手に、大きなホクロはない。彼の顔の横で揺れる手は、彼の手とは似つかない、細く青白い手だった。
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