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「おっ、おい、やめろよ」
僕がポケットをひっつかむと、木崎は上ずった声を出した。慌てて僕の手をどけようとする彼の手を押しどけ、ポケットをこじ開ける。
「――なんだ、これ?」
ポケットの中で動いていたのは、青白い手だった。
真っ暗な闇の中で、ヤドカリのようにかさかさと細長い指先が動いている。ポケットの中はブラックホールのように暗く、手首から下は見えない。
いったい、これはなんだ。目を白黒させながら、僕は木崎を見上げた。
彼は僕から隠すように、ポケットに右手を突っ込む。
「彼女、嫉妬深くて、ちょっと悪戯好きなんだ」
「彼女?」
それは、あの青白い手のことを言っているのだろうか。
「俺たち、付き合ってるんだ」
恥ずかしそうに頬を染めた木崎に、僕はポケットに視線を落とす。もぞもぞと、ポケットの中で、何かが動いているのが分かる。
「付き合ってるって、それと?」
僕は恐る恐る、ポケットを指さした。木崎は赤らめた頬をかくと、小さくうなずいた。
「半年くらい前からだったかな。彼女がポケットに現れるようになったのは」
話し出した彼は、廊下の壁にもたれかかる。
「バスケ部の試合で負けて、帰る気になれなくてさ。落ち込んで体育館裏に座って、ぼんやりブレザーのポケットに手を突っ込んでたんだよ」
背が高くて運動神経も悪くない彼は、一年生の部員の中で、唯一のレギュラーだった。バスケ部はあまり強いわけではないが、彼が時期エースだと、噂されていた。
「俺って図体が大きいだけで、バスケの才能があるわけでもないし、下手に期待されるのが嫌になっててさ。その日は練習試合に負けて、いつも以上に落ち込んでたんだよ。そしたら、ポケットに入れた右手に、なにかが触れたんだ」
木崎はポケットに入れた右手に視線を落とす。
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