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第48話 ミルヴェール王国1
それからは何事もなく、順調に船は進んだ。
ミルヴェール王国に到着したのは、船長が言っていた通り、ガーネリアを発って二十日ほど経った頃のことだ。ミルヴェール王国の港湾都市に入港し、俺たちは船を降りた。
設置されてある検問所で身分証明をしてから荷物検査をしてもらい、無事に通過したらミルヴェール王国に正式入国。港湾都市内に足を踏み入れると、そこは土地が傾斜していてカラフルな家々が立ち並ぶ、華やかな街だった。
街の外観から察するに、文明レベルは確かにガーネリア王国と大差なさそうだ。異国といっても親近感を覚える街並みで、なんだかほっとする。
「綺麗な街だな」
「そうだな。今日はこの街に一泊して、明日の明朝に馬車で王都へ向かうことになる。長い船旅で疲れただろう。ゆっくり休むといい」
というわけで、俺たちは宿泊する宿屋探し。といっても、事前にミルヴェール国王たちが予約をとってくれているらしく、その宿屋を探し歩いた。
見て回っていると、活気のある街だ。市場は様々な貿易品を取り扱っていて、物珍しいものがたくさんある。帰りに何かお土産を買おうかな。
お子様のシェフィには、欲しいものがいっぱいあるみたいだ。あれも欲しい、これも欲しい、とリュイさんにおねだりしていて、つい甘やかして購入しようとするリュイさんを「外交前に荷物を増やすな」と窘めるアウグネストという、珍しい二人のやりとりが見られた。
ハノス騎士団長は、「異国の婚約指輪もいいよな」とすっかりテオの婚約者気分。まぁ、プロポーズが成功したんだから実際に婚約者なんだろうけど、ガーネリア王国では基本的に両家に挨拶を終えないと正式に婚約したことにならないんだよな。
そしてそのお相手テオはというと、「べ、別になんでもいいよ」とつっけんどんに返答していた。でもテオなら、婚約指輪一つとってもああだこうだ言いそうなのに、注文をつけないのは何かあったんだろうか。
――って、ん? 指輪?
俺は自分の左手の薬指を見下ろした。当然ながら、何もはめられていない。だって、アウグネストから贈ってもらっていないから。
うー……お、俺も結婚指輪が欲しいかも。すっごい今さらだけど。
「結婚指輪なら、特注で作らせているから」
俺は、よほど物欲しそうな顔をしていたみたいだ。察したらしいアウグネストが苦笑いでそう説明した。
「え! 本当に?」
「ああ。ガーネリアに戻ったら、仕上がっているだろう。その時、贈る」
俺はぱぁっと顔を輝かせた。わぁ、やった! ちゃんと結婚指輪を用意しようとしてくれていたんだな。俺なんて、今の今まで失念していたっていうのに。
「ありがとう! 楽しみにしてる」
「俺も楽しみだ。大切に身に着けるから」
笑い合う俺たちの後ろで、カリエスさんが「甘々ですのぅ」と茶化すように言う。うっ、会話を聞かれていたか。カリエスさんって目が見えない分、どうも耳がいいみたいなんだよな。
「……カリエスさんも、素敵な結婚指輪を身に着けていますよね。いつ頃、ご結婚されたんですか?」
気恥ずかしさを隠すため、あえてカリエスさんに話しかける俺。ちなみにカリエスさんは『放種』だ。
「ふぉっ、ふぉっ。私は晩婚ですよ。若い時は剣術の鍛錬に明け暮れていましてな。夫と結婚したのは、三十代半ばになります」
「そうなんですか……」
ってことは、魔族の繁殖能力の特性上、子供はいないかもしれないな。口にするのはデリカシーに欠けるから、聞けないけど。
と思ったら、カリエスさんの方からその話題に触れてきた。
「そういう事情ですので、子供はおりません。ですから、ハノスのことは夫ともども実の息子のように可愛がっているつもりです。いやぁ、死ぬ前に、お二人のお子の顏もぜひ見せてもらいたいものですなぁ」
茶目っ気たっぷりに言うカリエスさん。
ううっ、さりげなく子作りを催促されてる……。俺も王婿として早く子作りするべきだとは思うよ。でも、俺にも憧れの人生プランがあるんだよ。
まず、結婚式を挙げて。それから新婚旅行に行って。一年くらいラブラブな新婚生活を送ってから、一人目の子供を授かりたいっていう理想。オーガの繫殖力の低さを考えたら、すぐさま子作りすべきなんだろうけどさ……。
ガーネリアに戻ったら、その辺りをアウグネストとちゃんと相談しないと。一方的に俺の希望を押し付けるわけにはいかないよな。
ともかく、そんなやりとりをしていたら、目的の宿屋に到着した。リュイさんがまとめて受付をしてくれて、俺はアウグネストと同室になった。
ふぅ。やっと、陸上で一息つけるぞ。
そのあとはあてがわれた宿泊部屋でまったりと過ごし、夕食には新鮮な海の幸を堪能して、お風呂に入って就寝。長旅で疲れている俺に配慮したのか、アウグネストは性行為を固辞した。
別にそこまで気を回さんでも……と思ったけど、爆睡しすぎて翌朝、遅刻しそうになったから、性行為しなくて正解だったのかもしれない。
で、四人乗りの馬車に乗ることになったんだけど……俺はてっきり、アウグネストと一緒に乗るんだろうと思っていたんだ。だけど異国だからなのか、俺たち二人の防衛体制を強化。俺は、テオ、ハノス騎士団長、リュイさんと同乗することになった。
シェフィは、リュイさんと一緒がいいと駄々をこねたので、子狼形態になってリュイさんの膝の上で丸くなってる。だから、正確には五人乗り状態だ。
隣り合って座っているテオとハノス騎士団長は、真面目に結婚話について話し合っている。となると、俺はリュイさんと話そうと思ったんだけど。
――ブー。ブー。
リュイさんの雫型のイヤリングが控えめに音を立てて揺れた。通信機って話だから、ユヴァルーシュから電話がかかってきたっぽい。
すぐさま応答したリュイさんは、嬉しそうな顔でユヴァルーシュと通話をし始めた。
「………」
テオとハノス騎士団長。
リュイさんとユヴァルーシュ。
俺はそっとシェフィを腕に抱きかかえた。もふもふだ。
シェフィ、寂しいから仲良くしてくれ。
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