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第1話 後宮入りします1
『私たちはね、大恋愛だったんだよ――』
耳にタコができるほど聞かされた、両親のノロケ話。
その内容はありきたりなものだから省くとして、ともかく異種族婚姻――オークの父と、エルフの生みの父との間に生まれたハーフ妖魔が、俺ことエリューゲンだ。
父譲りの強い性欲と、生みの父譲りの儚げな美貌。告白してくる相手には事欠かない俺だけど、一生を添い遂げる未来の旦那様のために貞操を守ってきた。
それなのに、十八歳――成人した日、とんでもない結婚話が舞い込んできた。
「は――はぁ!? 絶倫王の夜伽役ぅ!?」
成人式から自宅に帰ってくるなり、生みの父から聞かされた結婚話に、俺は呆気に取られるほかなかった。だってそうだろ。婿入りする相手が絶倫王――この国、ガーネリア王国の国王で、さらに王婿になるっていっても夜伽専門役で、というかそもそも一般庶民の俺がなんで王婿になれるんだよ。ツッコミどころが多すぎだろ。
平民が王婿になれるなんて、一種のシンデレラストーリーかもしれない。実際、王婿になったら優雅な生活が待っていることだろう。だけど、心から愛する相手と結婚して、平凡ながら慎ましやかな幸せを掴みたい俺にとっては、傍迷惑な話でしかない。
「夜伽専門役なんて、断固拒否だっ! 断ってくれ!」
「……そんなことできるわけがないだろう。国王陛下からの要請なんだよ? 十二貴族であるならともかく、私たち庶民が断れる立場にあると思うのかい?」
俺は「うっ」と言葉に詰まった。確かにその通りだ。
「そ、それは……でも」
「腹をくくりなさい。王婿位ならきっと贅沢な暮らしができるよ。それに、お前が持て余している性欲だって解消できるんだから、そう悪い話じゃないだろう」
――俺が持て余している性欲。
そう、父譲りの強い性欲が、俺の唯一の悩みの種だったりする。一生を添い遂げる未来の旦那様のためにと、欲求にあらがって処女を貫いてきたけど、正直性行為に興味はある。
相手が絶倫王なら、俺の性欲を満たしてくれることは間違いない。
確かに生みの父の主張にも一理ある……か?
「荷造りを済ませたら、王都に行きなさい。迎えの馬車はもう村に停泊しているから」
俺は顔をしかめた。しかめるしかない。それが可愛い息子を絶倫王の下へ送り出す親の顏かよ。淡白すぎるだろ。
だけど、こればかりは仕方のないことだ。生みの父は昔からこうなのだ。俺のことを愛していないわけじゃないけど、それ以上に父上への愛情の方がずっと強いという。
俺がいなくなれば、父上とまた夫夫水入らずのラブラブな生活ができるって、内心うきうきしているんだろうな……。はあ。恋愛脳め。
「……分かった」
俺は渋々と了承し、深くため息をつく。
あーあ、平凡だけど幸せな家族を持つっていう俺の夢が。儚く砕け散ってしまった。
半ばやけくその気分でさっさと自室に戻り、ぱぱっと荷造りをして、翌朝には迎えの馬車に乗って村を発った。父上が「たまには手紙を寄越せよぉぉ」と寂しそうに号泣していたことだけが、俺の心の救いというかなんというか。
生みの父は、ただ淡々と「夫夫仲良くしなさい」とだけ助言してきた。可愛い息子の結婚にここまで反応が薄い親というのも珍しい。
「絶倫王の側婿、か」
ガタゴトと揺れる馬車の窓から初春の景色を眺めつつ、呟く。
絶倫王というのは、文字通りの意味だ。性欲が強すぎる若き国王。これまで娶った三人の王婿は、激しい性生活からことごとく心身の健康を崩して教会送りになった、という。
果たしてそんな性欲魔人の国王の夜伽役が、いくら性欲の強い俺でも務まるのかな。同じように教会送りにならなきゃいいけど。
……あ、でも。そうしたら、後宮から解放されるじゃん。
夜伽役を務められるのなら性欲を解消できるし、もし務められなかったら後宮から解放されるだろうし。どっちに転んでも、俺にさほど損はない。
おっ。そう考えたら、なんだか心の荷が軽くなってきたな。
――絶倫王の夜伽専門役(=贄婿)ライフ、存分に満喫してやろうじゃないか。
オークの村から一ヶ月半ほどかけ、王都に到着した。
「おっ、すごい」
俺は窓に張り付いて、王都の街並みをまじまじと見つめる。
ガーネリア王国の華の王都エスリス。様々な種族の妖魔が集う、大都市だ。地面は石畳で舗装されていて、鋭角の屋根をいただく煉瓦作りの住宅街が立ち並ぶ。
が、俺が向かうのは後宮だから、あまり城下街の中を通ることはなかった。小高い丘をぐんぐんと上っていき、荘厳なガーネリア王城の裏手にある後宮へと直行する。
「着きましたよ」
「ありがとうございます」
御者にお礼を言って、俺は荷物を抱えて馬車から降りた。
目の前にあるのは、後宮へ続く煌びやかな門だ。門番らしき妖魔が三人いる。よし、奴らに声をかけたらいいんだな。
「あの、すみません」
俺の声を聞いて、一人だけこっちに背中を見せていた人影が振り向いた。その秀麗な顔を見た瞬間、俺はつい「あ!」と声を上げてしまった。というのも、見知った顔だったからだ。
驚く俺に反して、その相手は嬉しそうな顔をして「エリー!」と駆け寄ってきた。
「やあ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「う、うん。元気にしてたけど……なんでテオがここにいるんだ?」
テオドールフラム・フェリアーノ。二十歳。十二貴族であるフェリアーノ魔爵令息にして、俺の従兄にあたるエルフの妖魔だ。
実は俺の生みの父が、元フェリアーノ魔爵令息だったんだ。だから俺は一応、十二貴族に連なる者になる。もっとも、ガーネリア王国では十二貴族の直系以外は貴族扱いされないから、平民であることに違いはないんだけど。
テオは、悪戯っぽく笑った。
「僕は、エリーの侍従になるんだよ」
「え!?」
俺の侍従になる!? マジかよ!
テオは次男だからいずれは平民扱いされる運命とはいえ、資産があるから悠々自適に暮らせるだろうに。なんでわざわざ、後宮で働こうと思ったんだ?
いや、っていうか。
「……テオなら侍従よりも王婿の地位に俺よりよっぽどふさわしいじゃん。王婿になるよう結婚話はこなかったのか?」
血筋と器量を考えたら、正婿の地位にだってなれそうなものを。
不思議がる俺に、テオはあっさりと頷いた。
「もちろん、縁談は上がっていたよ。だが、断った。教会送りになるなんてごめんだからね」
「へぇ……さすが、魔爵令息ともなれば、国王陛下の要請も断れるのか」
貴族になりたいわけではないものの、その手の権力だけは素直に羨ましい。
感嘆の声を上げると、テオはさも当然のように「まあね」と返した。
「それに僕は、代替え案を提案したから」
「代替え案?」
「そう。しつこく求婚されたら困るから、教えて差し上げたんだ。――強い性欲を持て余しているハーフ妖魔が従弟にいる、そのハーフ妖魔を夜伽専門の王婿に召し抱えたらいかがでしょう、とね」
「…………は?」
一瞬、テオの言葉を理解するのが遅れた。――強い性欲を持て余しているハーフ妖魔、だと。
「俺を生贄にしやがったのは、お前か――っっ!」
なんでガーネリア国王が俺の存在を周知していたのかずっと謎だったけど、そういうことだったのか。身内に裏切り者がいたわけだ。
「よくもぬけぬけと顔を出せたな!? それも俺の侍従になるだなんて厚かましい!」
「そう言わないでくれ。エリーの侍従になってしまえば、もう縁談話は上がらないはずだ。僕を助けると思って。ね?」
「知るかよ!」
俺は憤然と後宮の門をくぐろうとしたが、テオは「待ってくれ」と追い縋ってくる。門前払いできたらいいものを――魔爵令息なものだから、門番たちはテオまでもを通した。
はあ……受け入れるしかなさそうだ。
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