第12話 溺愛ルートに入りました2

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第12話 溺愛ルートに入りました2

 一体、何がどうなっているんだ。  その夜は気絶することなく性行為を終え、アウグネスト陛下とともに寝台に横たわっている俺だけど……え、なんで急にあんなことを言い始めたんだ。  聞き間違え……と思いたいが、愛おしげな目で俺を見つめながら抱き締めるアウグネスト陛下の様子から、聞き間違えだったとは到底思えない。 「あ、あの。アウグネスト陛下」  逞しい腕の中で、俺はおずおずと口を開く。 「私は夜伽専門の王婿です。ですから、世継ぎは他の方を娶っていただいて……」 「エリューゲンがいいんだ」  な、なんでだよ。急にどうした。 「……どうして、ですか」 「お前は俺のことを恐れないし、俺のために献身的に夜伽を引き受けてくれる。疲れていただろうに、翌朝にはまた付き合うと言ってくれた。……そんな相手は初めてなんだ。だから大切にしたい」  並べ立てられた理由に、俺は頬を引き攣らせるしかない。  アウグネスト陛下を恐れない。(=魔力がないから、アウグネスト陛下の魔力が分からないだけ)  アウグネスト陛下のために献身的に夜伽を引き受ける。(=持て余している性欲を満たしたいだけ)  初夜の翌朝には、また付き合うと言った。(=単に性行為がしたいただけ)  おい――これじゃ、絶倫王じゃなくて勘違い王じゃないか。  訂正した方がいいだろうとは思うものの、訂正して不興を買ったらと思うと、さすがの俺も尻込みしてしまう。だって、不敬罪で処刑されたら嫌じゃん。そんな冷酷なひとではないとは思うけどさ……。  やばい、どうしよう。俺は贄婿ライフを満喫できたらそれでいいのに。子供なんて、好きでもない相手との間に作りたくないよ。  魔力の件は無自覚だから仕方がなかったにしても、初夜で自分本位に小賢しい手段をとったことが仇となってしまった。 「幸せにするから。だから、俺の子を産んでくれ」  もう一度、アウグネスト陛下から触れるだけのキスをされる。  ひ、ひえぇええ! マジで俺に惚れたのか!  勘違いのフルコンボに勝手にノックアウトされたらしい。なんてこった。  そうして――贄婿ライフを満喫するはずが、溺愛ルートに入ってしまったのだった。 「浮かない顔をされていらっしゃいますね」  翌日。庭にある池の魚に餌をあげながらぼーっとしていた俺のところへやってきたのは、リュイさんだ。顔を合わせるのは、一週間ぶりくらいだな。  ともかく、ぎくりとした。一人になって気が抜けていたから、素の表情になってしまっていたみたいだ。  俺は慌てて笑みを取り繕った。 「そ、そんなことはないですよ。あはは」 「………」  リュイさんは何も言わず、俺の隣に並び立つ。あ、正確にはちょっと斜め後ろに。いかに敬意を払ってくれているのかが分かろうものだ。 「お体の調子は大丈夫ですか。無理はされておりませんか」 「平気です。こう見えて身体は頑丈な方なので」  有り余る性欲が解消できて最高の毎日です、とはやっぱり言えないけど。っていうか、誰にも言えないよ。なんか発情期の猿みたいで恥ずかしいじゃん。 「それならようございました。ですが、ご無理はせずに。体調の悪い日は断っていただいても大丈夫ですよ。陛下はお優しい方ですから」 「そう、ですね……」  確かにアウグネスト陛下は、優しいひとだ。最中に俺を愛撫する手つきも、壊れ物を扱うかのように繊細で。大切にしてくれているのがよく分かる。  でもなぁ……俺は、別にアウグネスト陛下に恋愛感情を抱いているわけじゃない。好かれて悪い気はしないけど、恋愛感情のない相手との間に子供を設けたいとは思わない。  はあ。マジでどうしよう。勘違いを訂正すれば済む話なんだろうけど、ちょっとその勇気はない。アウグネスト陛下に大恥をかかせることにもなるし。  どうしたもんか……。 「ご自分に都合のいい誤解は、させておいたままの方が得ですよ」 「!」  俺は咄嗟に振り向きそうになって、でも我慢した。  な、なんだ? まるで俺の悩みなんてお見通しです的な物言いじゃないか。もしかして、リュイさんにはバレてる!?  どぎまぎしていると、でもリュイさんはそれ以上何も言わなかった。「では、私はこれで」と恭しく一礼して、きびきびと立ち去っていく。  び、びっくりした……。心臓に悪い。 「エリー。ここにいたのかい」  入れ替わるようにやってきたのは、テオだ。俺が朝起きた時にはなぜかいなくて、だから誰にも相談できずに一人思い悩んでいたんだよな。まったく、肝心な時に。 「おかえり。どこに行っていたんだ」 「ちょっと城下町に。実家に手紙を送ってきたんだ」  ほう。後宮生活での近況報告かな。放蕩息子のわりに、案外きちんとしているじゃないか。  と、思ったら。 「リュイの奴のことを調べてもらおうと思ってね」 「は?」  リュイさんのことを調べてもらう? なんで?  頭に疑問符を浮かべるしかない俺を、テオは憤然とした目で見た。 「あの男にされた仕打ちを忘れたのかい!? あの男のせいで、一ヶ月も野宿するはめになったんだよ!? 許せると思う!?」 「お、落ち着けよ。そのことならリュイさんなりに、アウグネスト陛下のことを思っての行動だったって、お前にも説明しただろ」 「それで納得できるわけがないだろう! 野宿させられたことにも変わりないし! エリーは甘いよ! 短気なようで懐が広いんだから!」  別に懐が広いわけじゃないと思うけど。お前が根に持ちすぎているだけだろ。 「……。……それでなんで、実家に調べてもらおうとしているんだ?」 「決まっているじゃないか。――奴の弱みを掴んで、意趣返ししようと思って!」  俺はため息をつきそうになるのを、かろうじて飲み込んだ。  弱みを掴むって……さすが、ひとを生贄にして難を逃れた男の発想は卑怯だな。って言ったら、皮肉のつもりはないけど俺も根に持っていることになるのか。 「あのな、テオ。バカなことはやめておけよ」 「バカじゃないよ。このまま泣き寝入りなんてできるものか。絶対にやり返す」  だったら、正面堂々と決闘でも申し込めばいいのに。やり方がまどろっこしいというか、回り道をしているというか。 「ま、それはともかく。紫晶宮に戻ろう。早速、王婿教育の講義を始めるよ」  一方的に言いたいことだけ言って、テオの奴も身を翻す。紫晶宮の中へ戻っていくテオの後を、俺ものんびりと追いかけた。  ……俺の悩みを口にする隙はなかったな。
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