第13話 再・王婿教育

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第13話 再・王婿教育

 ガーネリア国民なら、誰しもが耳にしたことがあるお伽話がある。  かつて魔族領内の国同士で争っていた戦国時代、魔族領を統一した始統王がいた。始統王は絶大な力を持っていたが、その能力は七体の悪魔を使役して得ていた力だとされている。  その七体の悪魔たちは始統王の死後も存在し続け、今も魔族領の行く末を見守っている、というお話だ。  なんの根拠もないお伽話だし、そもそもお伽話というくくりなのかも分からない。そんな霞のような言い伝えは、だけど不思議と連綿として受け継がれていて、始統王の死後から千年経った現代にもあるというわけ。  俺は別に信じていないし、かといって頑なに否定しているわけでもない。本当に七体の悪魔たちが実在するのなら、それはそれでいいんじゃないのかって感じ。始統王の遺志を引き継がなかったのかよ、ずっと何してるんだよ、とは思うけど。  ともかく、そういう緩い受け取り方をしていた俺だから、テオの言葉に衝撃を受けた。 「――え!? 悪魔ってマジで実在するのか……!?」  紫晶宮の自室に戻って、今テオドールフラム先生の講義を受けているところなんだけど――なんと、あのお伽話の『七体の悪魔』は実在するらしい。  くれぐれも極秘情報扱いで、と前置きして、あのテオが重々しい表情で説明していることから、虚偽でないことは分かる。 「そうだよ。現世では『七欲悪魔』と呼ばれている。魔族領には七つの国があるだろう? 彼らはそれぞれの国に身を置いているんだ」 「身を置いてって、一体どこに……」  悪魔がどんな姿をしているのか分からないけど、明らかに異質の存在のはずだろ。誰かしら正体に気付いて、それならこんなふわふわとしたお伽話にはなっていないんじゃ。  俺の疑問に対して返ってきた答えは、これまた衝撃的だった。 「七欲悪魔がいるのはそれぞれの国王、つまり七煌魔王の――体内だ」  七煌魔王の体内。  えーっと、つまり悪魔は幽霊みたいな精神体の存在で、国王たちに憑依している、と解釈すればいいのか? 「ってことは、アウグネスト陛下にも七欲悪魔が宿っているってこと?」 「その通り。そしてそれが、アウグネスト陛下が絶倫王となってしまった原因でもある」 「……っていうと?」 「七欲悪魔にはそれぞれ特性があるらしいのだけど、古くからガーネリア王家に存在する七欲悪魔は、『色欲』を司っているようなんだ。だから、王位について七欲悪魔に憑依されてしまうと、性欲が異常に強くなるらしい」  俺は呆気に取られるほかなかった。マ、マジか。悪魔のせいだったのかよ。  納得する反面、気になることも出てきた。だってさ、代々のガーネリア国王たちが『色欲』を司る悪魔たちに憑依されていたとしたら、みんな絶倫王って呼ばれることになったんじゃないのかな、って。でも、俺の記憶にある限り、絶倫王なんて呼ばれているのはアウグネスト陛下だけだ。なんでだろう。  という質問をテオドールフラム先生にぶつけてみると、「いい質問だね」と、先生は余裕の表情を浮かべ、答えた。 「それは、七欲悪魔の特性を封じる存在が本来ならいるからなんだ」 「特性を封じる……? 異常に強くなる性欲を、抑制するってこと?」 「そう。彼らは『運命の番』と呼ばれ、一般的には正婿の地位につく。たとえ平民出身でも十二貴族の家に養子入りして、表向きは貴族令息としてね」  ほう。そりゃあまた、都合のいい存在がいるもんだ。  代々のガーネリア国王たちが絶倫王と呼ばれていなかった理由は、分かったけどさ。 「本来なら、ってことは……じゃあアウグネスト陛下にはいないのか?」  って、そうだよな。存在するんなら、アウグネスト陛下だって絶倫王なんて呼ばれていないよな。こうして、夜伽専門の王婿である俺を娶りもしなかっただろうし。  一人で勝手に納得していたら、でもテオは「いや、いるよ」とあっさりと否定した。俺は怪訝に思って首を傾げるしかない。 「いるのか? じゃあなんで特性が抑えられていないんだ」 「うーん、それがねえ……」  真面目にやりとりしていた時だ。  ――ガァアン!  突然、窓に何か衝突した音が室内に響いて、俺もテオもすぐさま窓の方を見た。すると、綺麗に磨き上げられた窓に、一部だけべっとりと泥がこびりついている。どうやら、外から泥団子でも投げつけられたようだ。  おい……誰だ、こんな悪戯する奴!  腹立たしく思った俺は窓辺に駆け寄って、窓を開ける。犯人はどこだと視線をさ迷わせていると、すぐ目の前の地面の方から、 「ボクはここだ!」  と、自身の存在を主張する声が届いた。  目線を落とすと、そこには十歳くらいかな。狼男の妖魔がいた。擬人形態でも獣形態でもない、中途半端な半獣人形態だ。つまり、もふもふのケモ耳と尻尾を持った男の子。  俺は据わった目で、狼男の男児を見下ろした。 「窓に泥をぶつけたのは、お前か」  確かにやんちゃそうな雰囲気はあるけど、この年にもなってやっちゃいけないことの区別もつかないのか。それとも、嫌がらせ目的でわざとか。どっちだ。 「謝れ。すぐに謝るなら、げんこつ一発で許してやる」 「はん、誰が謝るかよ!」  この…っ……ひとが寛大さを見せてやっているのに。生意気なガキだな。っていうか、どこの誰の子供だよ。ここ、後宮だぞ。うっかり間違えて入れるところじゃない。  考えている間にも、狼男の男児は罵声を浴びせてきた。 「お前、調子に乗るなよ! アウグネストは、俺のものなんだからな!」 「は?」 「とっとと実家に帰れよ、この不細工!」 「は――はぁ!?」  不細工だと!? この俺が!?  狼男の男児は、俺を馬鹿にするように『あっかんべー』をしながら、そそくさと走り去っていった。あ、あの、悪ガキ! 捕まえてとっちめてやる! 「待ちやがれっ!」  窓枠に足をかけ、追いかけようとする俺を、後ろから押し止めたのはテオだ。 「ま、待ちなよ、エリー。曲がりなりにも王婿が、そんな品位に欠けることをすべきじゃないよ」 「王婿も平民も関係ない! ああいう生意気なガキはな、大人がガツンと叱らなきゃダメなんだ!」 「せ、せめて、玄関から出よう!」 「その間にあいつを逃がしちゃうだろ!」  俺たちがぎゃあぎゃあ言い合っているうちに、悪ガキの姿が遠のいていく。  く、くそ…っ……このままじゃ、逃げられて―― 「シェフィ! 何をしているんです!」  その時、リュイさんの鋭い怒声が響いた。
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