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第3話 後宮入りします3
それから一ヶ月後――春の麗らかな日差しの下、鮮やかな紫色の外壁の真新しい宮殿を目の前にして、俺たちはみんな満足げに頷いた。
「立派な宮殿になりましたね」
「俺らにかかれば、こんなもんだ」
ハノス騎士団長が鼻高々に笑う。
まぁ確かに、一ヶ月でここまで綺麗に建て直せるとは思わなかった。塗装も完璧だし。こいつら、建築業界に転職してもやっていけそうだな。口が裂けても言えないけど。
「……長かったね」
やつれた顔で口を挟むのは、テオだ。おいおい、一気に老けた顔をしてるぞ。大丈夫かよ。
でも、それは無理もない。この一ヶ月間、俺たちはずっと野宿していたからな。貴族令息には過酷な日々だったことだろう。庶民の俺は、キャンプでもしている気分で楽しめたけども。
それにテオにも作業を手伝わせていたから、その疲労もあるはずだ。毎夜のように「実家に帰りたい」と泣き言を言っていたし。あ、言っておくけど、俺は別に引き止めたりはしていない。テオ自身が、絶倫王の王婿になるのがよほど嫌なようで、踏みとどまっていたんだ。
まっ、でも、ひとを生贄にして自分だけ難を逃れていたことに対する天罰に違いないな。
「みなさん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いしますね」
にこりとして護衛騎士たちにお礼を伝えると、ハノス騎士団長が代表して「おう。こちらこそよろしく」と応えた。
だからなんでお前は王婿相手にタメ口なんだよ、と突っ込みたい部分はあるが、この一ヶ月間ずっと協力し合った戦友のような仲だ。別に不快でもないし、まぁいいか。
「それにしても、エリューゲン殿下には感謝してるよ」
「え? 急にどうしたんです」
感謝されるようなことをした覚えがないんだけど。感謝するのは、こっちだよ。
目を瞬かせる俺に、ハノス騎士団長はくしゃりと笑った。
「俺らにはっぱをかけてくれただろ。侮辱されたままでいいのかって。俺らのことを思って叱咤してくれて、あの時は胸打たれたんだ」
……。……えーっと。
「正直さ、平民が王婿になるんだから、調子に乗っててもっと偉そうな男のイメージだったんだ。だけど、エリューゲン殿下は全然そんなことないじゃん。俺らの主人ではあるけど、同じ目線に立ってくれるっていうか、気さくでいい人っていうか」
「……買いかぶりすぎですよ」
宮殿を建て直そうとしたのはあくまで自分のためだし、ハノス騎士団長たちにはっぱをかけたのもそのための協力を取り付けるために過ぎないし。
うっ、今になってちょっと罪悪感が……。こんなにいい奴らなのに、利用する真似をした自分が汚らわしく思える。
そんな俺の心中にハノス騎士団長は気付くよしはなく、鼻歌混じりに頭の後ろで腕を組んだ。
「まっ、とにかく。今日は完成祝いにぱぁーっとやらないとな」
「そ、そうですね。バーベキューでもしましょう」
俺の言葉に、後方にいるテオが「え!?」と驚愕の声を上げる。
ん? 何か変なことを言ったか?
「なんだよ、テオ。みんなでお祝いするんなら、バーベキュー一択だろ」
「……後宮でバーベキューをする王婿なんて初めて聞いたよ」
発想が平民だ、とでも言いたげなテオの微妙そうな顔。平民の発想で何が悪いんだ。俺は実際に平民だったんだから、背伸びしたって仕方ないだろ。
ひとはありのままで生きるのが一番だよ。いやまぁ、親しき中にも礼儀あり、というのはあるだろうけどさ。
ともかくそういう流れで、俺たちは手入れした庭でバーベキューをすることにした。ちょうど昼時だから、昼食代わりだ。
護衛騎士たちに買ってきてもらったお肉を串に刺して、ハノス騎士団長が用意した焚き火に近付けて火を通す。こんがりと焼き目もつけた。自家製の串焼きにかじりつくと、外はカリッと、中はジューシーで、すごくうまい。
「ほら、テオ。お前も食えよ」
「……ありがとう」
テオは複雑そうな顔で、串焼きを受け取る。お貴族様が普段こんな庶民的な食べ物を口にしないだろうから、どうやって食べるべきなのか戸惑っていたけど、豪快にかぶりつくハノス騎士団長の姿を見て、真似するように小さく串焼きにかぶりついた。
「あ……おいしい」
「だろ?」
やっぱり、バーベキューはいいな。こうしてみんなとわいわい外で食べると、不思議と食べ物がよりおいしく感じられるし。
数十人の大所帯で賑やかにバーベキューを楽しんでいた時だ。草を踏みしめるような音が大きく聞こえて、俺はふいと後ろを振り向いた。
「お前がエリューゲンか?」
二十代半ば頃だろう。軍服めいた漆黒の衣装に身を包んだ男が立っていた。その逞しい腕の中には、栗色の毛並みを持った子狼もいる。
燃えるような赤毛に、鋭い黄褐色の瞳。凛々しい顔つきをしており、頭部に細い角が二本生えていることから、オーガの妖魔だろうと察せられた。
「そうですけど……どちら様ですか?」
騎士服とは違うから、俺の護衛騎士ではないだろう。リュイの野郎が着ていた衣服とも違うから、おそらく男官でもない。じゃあ、どこのどいつだ。
「アウグネスト」
「え?」
「アウグネスト・ガーネリア。お前の夫だ」
つまり――絶倫王ことガーネリア国王陛下だと。
俺は「へぇ」と相槌を打ち、持っていた串焼きを差し出した。
「そうですか。これ、食べます?」
「……お前は、俺が恐ろしくはないのか?」
予想外の反応をされた、といった表情のアウグネスト陛下。
恐ろしくはないのかって……変なことを聞くひとだな。自意識過剰だろ。
「いえ、特には。強いて言えば、少々強面かもしれませんね」
後ろから、ぎょっとしているようなどよめきが聞こえた。なんだと思ったら、テオやハノス騎士団長たちが、顔を真っ青にしている。
え、なに?
「エ、エリー! なんて失礼なことを…っ……」
テオが慌てて俺の隣にやってきて、強引に俺の頭を下げさせた。いててっ。
「申し訳ございません! この子はまだ成人したばかりで、口の利き方がなっていないところがありまして!」
テオもまた、一緒に深々と頭を下げる。
そ、そんなに失礼なこと言ったか? いやでも仮に言っていたとしても、なんか話を大袈裟にしすぎじゃないか? みんなの顔色が悪すぎるのも気になるし。
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