第4話 後宮入りします4

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第4話 後宮入りします4

 よく分からないながらも、おとなしくしていると、すぐにアウグネスト陛下が命じた。 「二人とも、面を上げろ。……構わない。別に気にしていない」  顔を上げると、目の前の整った顔には……うーん、何を考えているのか分からないな。無表情とまでは言わないけど、表情豊かとも言えない。  でも多分、怒ってはいないように思う。勘だけど。 「その肉も、いただこう。おいしそうだな」  俺から串焼きを受け取ったアウグネスト陛下は、優雅な所作でお肉を噛みちぎる。あっという間に食べ終えて、串をゴミ袋に捨てた。  おお、なんだ。強面な外見に反して案外気さくな国王なんじゃないか。なんでみんなの表情は強張っているんだろう。話しかけてみたらいいのに。 「ところで、エリューゲン」 「あ、はい」  名を呼ばれて顔を上げると、アウグネスト陛下の不思議そうな目と目が合う。 「後ろに見える宮殿はなんだ」 「私がこれから住まう宮殿ですが?」 「俺の記憶が間違っていなければ、ここにある宮殿は、もっと古びた廃宮のはずだが……」 「ここにいる者たちと協力して、建て直しましたから」  突拍子もない返答だったんだろう。アウグネスト陛下は、怪訝な顔をした。 「建て直した? なぜ」 「私にはあの古びた宮殿がお似合いだと筆頭男官様から言われまして。頭にきたので、新しく建て替えたんです。どうですか、私たちにふさわしい宮殿になりましたでしょう」  ちょっぴり自慢げな顔をして、胸を張る俺。  っていうか、よくよく考えたら、臣下であるはずのリュイが、アウグネスト陛下の許可なく勝手にここに案内するわけがないような気がする。ってことは、アウグネスト陛下の意向だったってことなのか?  おい。だとしたら……めっちゃくちゃ腹が立つんだけど!  そんな俺の静かなる怒りを察知したのか、アウグネスト陛下は俺が何か言うよりも先に、素早く誤解を解いてきた。 「素晴らしい宮殿に生まれ変わったとは思うが……俺がお前に与えるつもりだった住まいは、あっちの宮殿だ」 「え……」  顎で指し示した方向にあるのは、白亜の外壁が美しい隣の宮殿。  えぇええええええ!? 立派な宮殿じゃん!  ど、どういうこと……?  俺たち、建て直す必要なんてなかった……? 「リュイには俺からこの件を確認する。ずっと顔を出せずにいてすまなかったな。地方の視察に行っていて、城を空けていたものだから」  アウグネスト陛下は眉をハの字にしつつ、続けた。 「そういうわけだから、あっちの宮殿に移動しても構わないぞ。宮男たちもそこでお前を待っているはずだ」  隣の宮殿に移動しても構わない、だと。――そんなことできるわけがないだろ!  この一ヶ月間のみんなの苦労を踏みにじるようなもんだ。 「いえ。私はここに住みます。宮男たちのことは、こちらに呼び寄せていただけたら」  澄ました顔を作りつつも、俺の心は悔しさでいっぱいだ。  く、くそ…っ……まさか、こんなオチになるとは。  リュイの野郎、覚えてやがれ。  ――と、いうわけで。  その日から元おんぼろ宮殿――紫晶宮と呼ぶらしい――で、俺は暮らし始めた。仕えてくれる宮男たちも呼び寄せたから、これから優雅な王婿生活が始まることだろう。  広間のソファーに腰かけると、テオが苦言を呈してきた。 「まったく、エリーには肝を冷やされたよ。よく陛下にあんな口をきけたものだ」 「強面かもしれないってやつ? そんなに目くじら立てることかよ」  もちろん、事実なら何を言ってもいいとまでは俺だって思わないけどさ。  宮男が淹れてくれた紅茶を飲みつつ返すと、俺の隣にテオも座った。おいこら、主人と同じソファーに座る侍従がどこの国にいるんだよ。 「そういう意味合いもあるが。よく陛下を前にして平気でいられたなってことだよ」 「……? どういう意味だ」  恐怖の大魔王が相手じゃあるまいし、そこまで恐れることもないだろう。絶倫王とは呼ばれてはいるが、理由もなくひとを惨殺するような冷酷非情な国王でもあるまい。  きょとんとしている俺を、テオは羨ましげな目で見た。 「そういえば、エリーには魔力がないんだったか。それで陛下の魔力を感じないんだね。羨ましいことだ」 「なんだよ、そんなにアウグネスト陛下の魔力は強いのか?」 「強いのはもちろん、魔力だけであの場の我々を瞬殺できたんじゃないかってくらい、鋭利で冷たい魔力だったよ」  へぇ。さすがガーネリア国王、またの名を七煌魔王の一人ともなれば、甚大で激しい魔力を持ち合わせているってことなのか。  どうりで、あの場のみんなの表情が青ざめていたり、強張ったままでいたりしたわけだ。アウグネスト陛下の魔力に圧倒されて恐怖を覚えていたってことらしい。  そういえば、アウグネスト陛下本人も、俺に自分が恐ろしくはないのかって聞いてきていたもんな。怯えられる反応に慣れっこで、意に介さない俺の反応は不思議だったんだろう。  なるほど。色々と腑に落ちた。  ティーカップを受け皿に戻すと、あろうことか今度はテオが手を伸ばして口をつけた。だからおい、どこの国に主人の紅茶を飲む侍従がいるんだよ。立場を弁えろよ。 「やれやれ、教会送りになったという元王婿たちが心身の健康を崩した理由が、改めて分かった気がするよ。性生活が激しいだけでなく、あんな威圧を受けながら抱かれていたら精神も摩耗するだろうね。痛ましいことだ」 「ああ、僕は王婿にならなくて心底よかったーってか?」 「ご想像にお任せするよ」  お任せも何も、どう考えてもそう思ってるだろ。まぁ……テオが仮に王婿位について教会送りになったら、従弟として俺も嫌だけどさ。 「ま、とにかく」  テオはティーカップを受け皿に戻す。そして俺に笑いかけた。 「僕の見立ては間違っていなかったわけだ。エリーなら陛下の魔力に威圧されることもなく、激しい性生活にも耐えられることだろう。応援しているよ」 「黙れ、裏切り者」 「そう根に持たずに。お詫びにこうして傍にいてあげているじゃないか」  恩着せがましい。だいたい、またアウグネスト陛下との縁談話が持ち上がるのが嫌だから俺の侍従になる、って自分で言っていただろうが。もう忘れたのか。 「きっと、陛下はさっそく今夜いらっしゃるよ。頑張ってね」  やかましいわ。  心の中で跳ね除けつつ、でも初めての性行為に期待が膨らんで、胸が弾む俺がいる。  性行為ってどんな感じなんだろ。気持ちいいものと一般的にはされているけど……お尻にモノを挿れるんだよな。入るのかよ。お尻が裂けて出血なんてしたら嫌だぞ。  楽しみな反面、若干の不安を抱きつつ――俺はその日の夜、アウグネスト陛下がやってくるのを自室で待った。
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