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第5話 後宮入りします5
「じゃあエリー。僕は先に寝るよ」
テオは「ふああっ」と眠そうにあくびをしながら、俺の自室を出て行く。いやだから、どこの国に主人より先に寝る侍従が……以下、省略。あいつ、絶対に侍従じゃないだろ。
俺は内心呆れつつも、「ゆっくり休めよ」と寛大に声かけて見送った。あいつにしてはこの一ヶ月間、根性出して頑張っていたからな。
……それにしても。
俺はふいと時計を見やる。もう夜の十時過ぎだ。アウグネスト陛下は、今夜は顔を出さないのかな。残念なような、ほっとしたような。
日付が変わる前には、俺も寝よう。
もうすっかりアウグネスト陛下はこないだろうという頭でリラックスしていた時だ。自室の扉が控えめにノックされた。
「はい。どうぞ」
「エリューゲン様。筆頭男官のリュイ様がいらっしゃいました」
扉越しに言う宮男の言葉に、俺は眉をひそめる。……リュイ、だと。
あの野郎、どの面下げてここにきたんだ。もしかして、アウグネスト陛下からお叱りを受けて、渋々と謝罪にきたとか、そんなところか?
あいつの顏なんて見たくないが、無視するわけにもいかないだろう。俺は努めて平静に「そちらに行きます」と返し、腰かけていた豪奢な寝台から立ち上がった。
もう寝間着だけど、別にいいよな? あいつ相手に着飾る理由なんてない。
とはいえ、一応、上に一枚カーディガンを羽織って、自室を出た。先導して歩く宮男のあとに続くと、辿り着いた先は応接間だった。ソファーに座っていたリュイだけど、俺の姿に気付くとすぐさま立ち上がって、恭しく首を垂れる。
ん? なんだよ、妙に礼儀正しくなって。気味が悪いな。
「エリューゲン殿下。夜分遅くに申し訳ございません」
「いえ、それは構いませんけど……なんの御用でしょうか」
おおかた、あの時は失礼なことを言ってすみませんでしたーっていう謝罪をするかと思ったんだけど。リュイはまず、綺麗になった紫晶宮の内装を見回した。
「随分と見違えましたね、紫晶宮は」
はん、当然だろ。俺たちみんなで建て直したんだから。一ヶ月もかけてさ。
俺は意趣返しのつもりで、盛大に皮肉を言ってやった。
「ありがとうございます。リュイさんから見たら、私には不相応な宮殿でしょう。あはは」
まったく気持ちのこもっていない俺の乾いた笑いに、リュイは沈黙する。
また何か意地悪を言い返してくるかなぁと身構えたけど、反撃はなかった。リュイは俺の前に両膝をつき、陳謝の礼をとる。
「以前、失礼なことを口にして申し訳ございませんでした。さぞご気分を害されていたことでしょう。それにも関わらず、後宮に残っていただけたこと、大変感謝しております」
……ん? なんか、思っていた以上に真摯な謝罪だな。
目を見れば、虚偽ではないことが分かる。元々、上辺だけの謝罪でも許す気だったけど、俺はちょっと戸惑ってしまった。
「い、いえ。過ぎたことですから。それよりも、せっかくのお召し物が汚れてしまいます。立って下さい」
一体、なんなんだ。アウグネスト陛下からきつく叱責されて、深く反省した……のか? ひとってそんな簡単に性根が変わるとは思えないんだが。
リュイは立ち上がりながら、淡々と続けた。
「寛大なお言葉、ありがとうございます。エリューゲン殿下には直接、きちんと謝罪したかったことと、じきに陛下がいらっしゃることをお伝えに、こちらへ足を運びました」
お、アウグネスト陛下は今夜くるのか。
まぁ、絶倫王だもんな。俺と初夜を迎えるっていう意味合いでも、そりゃあ顔を出すか。
「そうですか。ありがとうございます。ご足労をかけました」
「とんでもございません。お気遣い痛み入ります」
うーん、なんだか変な感じだ。しっかりと敬意を払われていることが伝わってくる。ちょっと、キャラ変しすぎじゃないか?
それとも――。
「……あの、リュイさん。もしかして、ですけど。ここに案内したこともそうですが、あの時に私を怒らせるような言葉を言ったのは、確信犯だったのでは?」
どうにも、意地悪でやったこととは思えないんだよな。今の変わりようを見ていると。
リュイは意外そうな顔で俺を見た。
「なぜ、そのように思われるのですか」
「なんとなく、そう感じるだけです。私は何かを試されていたのではないかな、と」
「………」
しばし押し黙るリュイ。が、打ち明けてもいいだろうと判断したのか、あっさりと認めた。
「はい。お気付きの通り、あえてここに案内して無礼な発言をいたしました。エリューゲン殿下の御器をはかりたかったもので」
自分より格上の王婿にする行為じゃないけど、理由が気になるな。ただ単に王婿の地位にふさわしいかどうかを見極めたかったわけじゃないだろう。というか、あんな意地悪をして何をどう王婿の地位にふさわしいかを見定めるんだ。
「どうして、ですか」
「陛下のためです。これまでの王婿殿下たちが教会送りになったことはご存知のことと思いますが、陛下はそのことに大変胸を痛めておりまして。あなたも同じ結果になるのなら、後宮入りする前にいっそ立ち去ってもらいたいと考えたのです」
ですが、とリュイはこれまで見せたことのない、柔らかい笑みを浮かべた。
「あなたは私の予想の遥か上を行く、精神的タフさを見せた。……あなたなら、きっと陛下のことをお受け止められるでしょう。どうか、陛下のことをよろしくお願いいたします。それでは、私はこれで」
颯爽と身を翻して、リュイは立ち去っていく。俺はその華奢な背中を見送りつつも、内心首を傾げるしかなかった。
精神的タフさがあるって……宮殿を建て直したこととか、野宿に耐えたこととか、か? 仮にそれらが精神的タフさを表しているとして、でもそれがアウグネスト陛下の強すぎる性欲を受け止められる根拠にはならないんじゃ……。むしろ試すなら、身体的な頑丈さなんじゃないのか? うーん、思考回路が謎だ。
よく分からないけど、リュイ……さんが、アウグネスト陛下のことを心から慕っていることだけは伝わってきたよ。あの二人は年が近そうだから、仲が良かったりするんだろうか。
――ま、とにかく。
もうすぐ、アウグネスト陛下がここにくる。どんな初夜になるんだろう。
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