第50話 ミルヴェール王国3

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第50話 ミルヴェール王国3

 そろそろ、晩餐会に赴こうという時だ。客室の扉がノックされた。 「はい。どうぞ」 「失礼いたします」  顔を出したのはリュイさんだ。平静を装おうとして、でも失敗している。その綺麗な顔立ちには、不安げな、そして焦りの色が浮かんでいた。 「これから晩餐会という時に申し訳ございません。あの、こちらにシェフィが顔を出しませんでしたか?」  俺はアウグネストと顏を見合わせた。きていないということを目線で確認し合ってから、リュイさんに視線を戻す。 「いえ、きていませんけど……」 「そう、ですか……」  明かに落胆した様子を見せるリュイさん。  んん? もしかしてシェフィの奴、リュイさんが目を離した隙にいなくなったのか? リュイさんがそれを見逃すのは珍しいな。 「シェフィ、いなくなってしまったんですか?」 「……はい。休憩時間中、客室から出ないように言い含めて、私は政務官たちと会議をしていたのですが、先ほど客室に戻ったらもぬけの殻でして」  シェフィがリュイさんの言いつけを破るのも珍しい。なんとなく、自発的に客室を抜け出したっていうよりも、誰かに餌をぶら下げられてつい出て行った、というイメージが頭に思い浮かぶ。あいつはまだまだお子様だからなぁ。  背後からアウグネストが口を挟んだ。 「探しに行って構わないぞ。俺としても心配だ」 「あ、ありがとうございます……! 大切な外交の前に申し訳ございません。お食事の毒見役は、メルニに頼んでおきますので。では失礼いたします」  リュイさんは恭しく一礼して、そっと扉を閉めた。そのすぐあと、ハノス騎士団長の「リュイさん!? ここ三階……」という驚く声が聞こえたから、どうやら窓から飛び降りてミルヴェール王城を出て行ったみたいだ。俺はもういちいち驚かないよ。  そしてそれは、アウグネストも同じのようだった。何も聞こえていなかったかのように、変わらぬ表情でドアノブを握った。 「では行こうか。エリューゲン」 「うん」  シェフィ捜索はリュイさんに任せて、俺たちは晩餐会に行かないと。      ◆◆◆  ミルヴェール王城を出たリュイは、すぐさま城下町へ向かった。というのも、ミルヴェール王城内にシェフィがいる気配はなかったからだ。  人々で賑わう城下町であるが。人間には魔力は当然ないため、捜索する相手の魔力はガーネリア王国王都よりもずっと探りやすい。だから、シェフィはすぐに見つかると思った。やんちゃ盛りといっても、さすがに城下町を一人で出て行くことはないだろう、と。  しかし、その予想は甘かった。城下町中を駆け回っても、シェフィの魔力をどこにも感知できない。一体どこに行ったのかと焦りばかりが募る。  ――まさか、誰かに誘拐されたのでは。  あんなに可愛いシェフィだ。その可能性は大いにありえた。 (捜索範囲を広げるか……)  城下町を出て、王都から繋がる街道を突っ走る。  人間の移動手段といったら、徒歩か馬車になる。次の街まで進まずとも、途中で捕まえられると思ったが――おかしい。幸い一本道だったのに、やはりシェフィの魔力を感知できない。  結局、隣街まで辿り着いてしまった。  しかし、徒歩ではもちろん、馬車でだってまだ到着できているはずがない。拉致した人物がリュイと同等の脚力の持ち主であれば、話は別であるが。  そう考えた時、頭に浮かんだのは、魔法の存在だ。補助魔法の中には、脚力を飛躍的に向上させる【電光石火】がある。【電光石火】を使えば、短時間でもここまで辿り着くことは可能かもしれない。  ならば、シェフィを連れ去ったのは、人間ではなく魔族、なのだろうか。 (……いや。シェフィ以外はみんな、ミルヴェール王城にいた)  それにリュイが把握している限りでは、そもそも連れてきた魔族の中に【電光石火】の使い手はいない。  頭を悩ませつつ、街の中を探ってみると――。 (見つけた!)  公園のベンチに一人座って、串焼きを頬張っている半獣人形態のシェフィの姿を発見した。 「シェフィ!」  声を張り上げると、シェフィの肩がびくっと震えた。リュイの存在にようやく気付いたその顔は、まずい、見つかってしまった、という焦ったものだ。  その様子から、誰かに脅されて拉致されたようには見えない。となると、移動手段はともかく、シェフィ自身の意思でここまできたことになる。  無事に見つかったことに安堵してはいたものの、心配していた分だけその反動で怒りも爆発して、ついきつく叱りつけてしまった。 「こんなところで何をしているんです! 私が戻るまで、部屋で待っているように話したでしょう!」 「ぁ、う……ええと」 「どれだけ心配したと思っているんですか! こんな時間に一人で出歩くなんて!」 「ひ、一人じゃないよ。ちゃんと顔見知りのおじさんと一緒にきたよ」  おずおずと言うシェフィに、リュイは片眉を上げる。 「おじさん? どなたですか」 「名前は忘れたけど、リュイも知ってるよ。アウグネストとお……」  ――ブー。ブー。  シェフィの言を、イヤリング型の通信機の振動する音が遮った。  今夜はミルヴェール王国で晩餐会があると、ユヴァルーシュには話している。だから、朝に通話をしていたわけだが……何か急ぎの用事があるのだろうか。  無視するわけにはいかず、シェフィに「ちょっと待って下さい」と断りを入れてから、リュイは応答した。 「もしもし。すみませんが、今、取り込んでいて……」 『そっちに暗殺者がいるかも』 「え?」  唐突に切り出してきたユヴァルーシュの言葉を、理解するのに数秒かかった。
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