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第51話 ミルヴェール王国4
そっちって、王都とこの街のどっちだ。
と、一瞬思ったが、リュイとシェフィがこの街にきていることを、遠く離れたユヴァルーシュが把握しているはずがない。ということは、王都、つまりアウグネストたちがいるミルヴェール王城のことだろう。
「……暗殺者、ですか? ええと、人間の?」
『ごめん、言い方が悪かった。違う、魔族の暗殺者。シェフィやあの王婿の世話係として同行している宮男たちの中に、暗殺者が紛れ込んでいるかもしれないってこと』
それはまったく予想外の言葉だった。――宮男たちの中に暗殺者が紛れ込んでいる?
「ど、どういうことですか」
『今、猫男たちの街にいるんだけど、気になる話を聞いたんだ。半年くらい前に、顔面にぽっかりと穴が開いて身元が分からない猫男の死体が見つかっていたんだって。それ、明らかに攻撃魔法で暗殺されたとしか思えないよね? 裏で糸を引いた人物は誰であれ、暗殺を実行するのは暗殺者でしょ』
「それはその通りかもしれませんが……どうして、そのことが宮男たちに暗殺者が紛れ込んでいるという憶測に繋がるんです」
リュイからしたら、突拍子もない推測だ。話にまるで接点を感じられない。
怪訝に思っていると、ユヴァルーシュは順を追って説明した。
『半年前っていったら、あの王婿のためにちょうど宮男たちを募集していた時期になる。そういえば、猫男の宮男が一人いたよなーって思い出して。一般市民が暗殺者に暗殺されるなんてそうそうないし、半年前に見つかったっていうのがどうにも偶然と思えなくて。まぁ要するに何が言いたいのかっていうと、――暗殺者はその死体の猫男とすり替わって後宮に忍び込んでいて、今もそっちにいるんじゃないかなーって』
「!」
すり替わり。確かに紫晶宮の宮男たちの中には、猫男のメルニがいる。そして今回の旅路にも同行している。メルニの正体が本当に暗殺者だとしたら、目的は――。
リュイはしばし思考したのち、呟いた。
「その推測が正しければ、エリューゲン殿下の暗殺が目的なんでしょうか……?」
『九十九パーセントの確率で、違う。隠れ脳筋だよね、リュイちゃん』
ユヴァルーシュは、通信機越しに苦笑いだ。
リュイはむっとしたが、否定できない。というのも、リュイには指示されたことを淡々とこなすルーティンワークや情報収集自体は得意だという自負はあるものの、収集した情報から自ら論理的思考をすることは不得意だという自覚がある。
それは――暗殺者は依頼内容だけを聞いてただ標的を暗殺すればいい、という土壌で幼少期を過ごした後天的な弊害であった。それに加え、幼少期から暗殺者として群を抜いて強かったリュイは、いらぬ知恵をつけて歯向かわれると厄介だと上から思われたために、思考する自由をほとんど与えられなかったという生育環境も多分に関係している。
ということを、ユヴァルーシュも分かっている。一つ一つ噛み砕いて説明した。
『あの王婿を暗殺して誰になんの得があると思う? まだ王太子を産んでいない王婿を暗殺するとしたら、他に後宮入りさせたい妖魔がいて、かつその妖魔に王太子を産ませたいからっていう思惑が想定されるけど、十二貴族令息はみーんな、絶倫王アウグネストに婿入りするのを怖がっていて、あの王婿がいるから助かったって喜んでいるんだよ? 上層部だってようやく王太子を産んでくれそうな王婿が現れてほっとしているんだから、暗殺して得をする人物なんてどう考えてもいない』
「で、では、他の宮男や男官を……」
『用意周到にすり替わってまで後宮に忍び込む必要がない。城下町の大衆浴場なり、買い出しなり、後宮から外出した時を見計らって暗殺すればいいだけだ。王婿暗殺に比べたら、いくらでもチャンスがある』
己の推測を続けて否定されたリュイは、眉をハの字にするしかない。
「ですが、他に後宮で暗殺する相手なんて……、あっ! ま、まさかシェフィですか!?」
『それも違うだろうね。シェフィもあの王婿と同じ。暗殺したところで誰の得にもならない。強いて可能性があるとすれば、アウグネストに恨みがあって、色欲の海に叩き落として苦しめたいっていうクズが存在する場合かな。でも、アウグネストがよそからそこまで恨みを買っていると思う?』
それには、リュイは迷いなく即答できた。
「ありえません」
『俺もそう思う。となると、残るのは一人しかいない』
リュイは、はっとした。そうか。確かに残るのは一人だけだ。
「私ですね?」
『……ごめん。もう結論から言うね? すり替わった暗殺者がいるとしたら、狙っているのは普通にアウグネストとしか考えられない。で、暗殺者を差し向けた相手は、叔父上――ネヴァリストニア宰相の可能性が高い』
最後の最後まで推理が外れた。そのことにリュイは少ししゅんとしたものの、ネヴァリストニアが黒幕というユヴァルーシュの推測に、同時に虚を突かれた。
「ネヴァリストニア宰相が……? で、ですが、後宮内で不審な動きをしている者がいないか目を光らせておくよう、私に命じたのはあのひとですよ」
『それは甥を心配していますよー、自分は味方ですよー、っていう単純にカモフラージュの意味が一つ。あとは、あえて監視の目を厳しくさせることで、リュイちゃんに自分がこれだけ目を光らせているんだから不審な動きをしない人物は問題ないはずだっていう、刷り込みをさせる狙いがあったんだと思う』
「う……で、でも、陛下を暗殺させてどうするんです。すでに宰相という政務官の最高位にいるのに、まさか王位が欲しいんですか?」
『順当に考えたらそうなる。アウグネストが死んだら、あのひとが王位継承権第一位になるわけだから。ただ、俺は王位自体が目的なんじゃなくて、手段にするつもりだと思うけど』
「手段……?」
情報過多で、なんだか頭が痛くなってきた。
「そ、それに気になるのは、その暗殺者はどうしてすぐに陛下を暗殺しようとしていないんですか。潜り込んで半年も任務を実行しないのは、通常ならありえません。私が油断している隙に少なくとも行動には出られたはずでしょう」
『時期がくるのを待っていたんだろうねぇ。たとえば、アウグネストを暗殺した罪を別の存在に擦り付けられる機会を窺っていた、とか』
リュイは首を捻った。暗殺者がどうしてわざわざ、暗殺した功績を他人に譲ろうと考えるのだ。それに、暗殺に成功したら、さっさと行方をくらませればいいだけの話でもある。
「暗殺者がそんな保守的な行動をとるとは思えませんが」
『そうだね。だからネヴァリストニアにそう指示されていると考えられる。じゃあ、ネヴァリストニアがアウグネストを暗殺するとして、その罪を擦り付けたい存在ってだーれだ』
「誰だと言われても……」
そんなものは、ネヴァリストニアにしか分からないのでは。
『ヒント。今、リュイちゃんたちはどの国にいる?』
「ミルヴェール王国ですが」
『人間領だね』
「ええ」
ただ相槌を打って続きのヒントを待つと、ユヴァルーシュは沈黙してしまった。
『……えーっと、もう答えを言うね。人間だよ。ミルヴェールの人間たちにアウグネストを暗殺した罪を擦り付けようとして、今回の外交の日がくるのを待っていた。そうとしか考えられない』
「ミルヴェール王国の人間たちに罪を擦り付けたら、一応は保っている平和同盟が完全に壊れますよ。国際問題になるじゃないですか。それこそ、なんの得が?」
『得ならある。勝利した場合にだけに限られるけど、ミルヴェールのすべてっていう得が』
ミルヴェール王国のすべて。
さすがのリュイも、ユヴァルーシュが言わんとすることを理解した。
「ミルヴェール王国のすべてが得になるって、まさか……」
『そう。うちの前国王をよくも暗殺したなーって主張して、それを大義名分にミルヴェールに宣戦布告するつもりだろうね。つまり――戦争を仕掛け、ミルヴェールの領土を含めたすべてを手に入れることが、ネヴァリストニアの狙いだ』
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