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第8話 王婿教育の開始
「――へ? 王婿教育?」
その日の朝食の席で。
侍従のはずのテオは、けれど相変わらず立場を弁えず俺と一緒に朝食を食べながら、「そう」と一つ頷いた。もう『自称・侍従』でいいよな、こいつ。
「元々、王婿になれば教育係がつくものなんだけど、特にエリーは平民出身だろう。王族について知識が浅いだろうから、これからガッツリ王婿教育を始めるよ」
「始めるよって……なんでお前が仕切っているんだ?」
一応、侍従だから主人である俺のスケジュール管理でもしているのか? いやでも、急にそんな気が利くようになるわけないよな。
怪訝な顔をする俺に、テオはあっさりと言った。
「僕が教育係を務めるからだよ」
「……へ?」
テオが俺の教育係、だと……?
衝撃的だった。テオが俺より頭がいいことは知っているけど……こ、こいつが教育係? マジかよ。人手不足なのか、この後宮。
「よく引き受けたな、そんな面倒臭そうな話。享楽主義のお前が」
「僕だって断りたかったよ。でも、仕方ないだろう。陛下直々のご命令なんだから。縁談話を断ってただでさえ印象悪いだろうに、これ以上不興を買うのは怖いんだ」
目の前に座るテオの表情は、いかにも渋々といった様子だ。でもまぁ、そうだよな。お前が好きこのんで、教育係なんて労働を引き受けるはずがない。
だけどそれも、アウグネスト陛下からの命令だから仕方なく、なら腑に落ちる。
「っていうか、いつの間にアウグネスト陛下と話したんだ。俺が寝ている間?」
「そうだよ。六時半頃だったかな。エリーの部屋の前を通ったら、ちょうど部屋から出てきた陛下と鉢合わせて、エリーの教育係をしてくれないかって直接頼まれたんだ。気心が知れているだろうからってさ」
「へぇ……」
アウグネスト陛下……色々と気を回してくれるひとだな。絶倫王のインパクトが強すぎるだけで、きっと人柄は優しい国王なんだろう。
「ということだから、九時から昼食の時間まではびっちりと座学だ。お互い頑張ろうね。――で、エリー」
テオはにやにやとした表情で、俺を一瞥する。
な、なんだ。気持ち悪いな。
「初夜は悪くなかっただろう?」
こいつ……下世話な奴だ。聞くんじゃねーよ、そんなデリカシーのないこと。
俺は顔をしかめつつ、ぴしゃりと跳ね除けた。
「知るか」
ともかく、そういうわけで、その日から俺の王婿教育は始まった。
テオの講義計画ではまず基礎知識から詰め込み、ある程度の知識を身に付けたら礼儀作法とか社交ダンスの練習を行うつもりだという。
俺は自室の文机に座って、テオの話に耳を傾けた。
「では、まず基礎中の基礎から。『放種』と『種宿』の違いは分かるよね?」
「当たり前だろ……」
そんなの幼児だって知っている知識だ。基礎知識から始めるっていっても、基礎にも程があるだろ。俺は乳幼児じゃないんだぞ。
と、内心突っ込みを入れつつも、答える。
「『放種』は相手を孕ませる側、つまり抱く方だ。『種宿』はその反対で孕まされる側、つまり抱かれる方。子供を産める身体を持つ方だろ」
ここガーネリア王国は魔族領に分類されるんだけど、魔族っていうのは男しかいない。だから『放種』と『種宿』っていうのは、第二の性にあたる。
昨夜アウグネスト陛下に抱かれていた俺は、もちろん『種宿』。そしてその俺の侍従であるテオも『種宿』だし、リュイさんや宮男たちも全員『種宿』だ。国王以外の子を孕むことがないよう、後宮は同じ『種宿』で固めているというわけ。
ただし、ハノス騎士団長たち紫晶騎士団は例外。一般的に『放種』の方が、肉体が頑丈で体力もあることから、騎士というのは九割が『放種』なんだ。だから、ハノス騎士団長たちは、紫晶宮内までは立ち入れない。
テオは満足げに笑った。
「よしよし。ちゃんと分かっているね。では、異種族婚姻について」
「異種族婚姻……俺の両親のことか」
魔族っていうは、いくつもの種族の妖魔たちのことをすべて差す。でも、基本的に婚姻は種族間でしか行われない。そんな中で、ごく稀に異種族同士で結婚する妖魔たちがいるんだ。
異種族婚姻は禁忌とまではされていないけど、推奨はされていない。っていうのも、異なる種族同士を掛け合わせると、その子供は逆に弱くなるんだよな。実際にハーフの俺が、魔力を一切持っていないように。
あとは単純に種族の純血を保つためなのと、そもそも本能的に同じ種族にしか発情しないようになっているらしいから、異種族婚姻は本当に珍しいものなんだそうな。
と、いうことを回答する。
「ふふ、よかった。理解してあるね。なら、これは答えられるかな? 異種族婚姻は推奨されていないのに、どうして国王は他種族の婿をとるのか」
……ん? 言われてみると、そうだな。
国王が娶るのは、一般的に十二貴族子息か他国の魔王子息。強くあらねばならない王家が、なんで異種族婚姻をするんだ?
っていうか、あれ? ガーネリア王国の王族ってみんなオーガ……だよな? 異種族婚姻しているのに、なんでハーフとかクォーターじゃないんだ。
答えられずにいると、テオが得意げな顔をして説明した。
「それはね、オーガだけは――絶対優位遺伝子だからなんだよ」
「ぜったいユウイ遺伝子?」
なんだそりゃ。急に難しい単語がぶち込まれてきた。
ええと、絶対、優位、遺伝子……? 絶対的に優位な遺伝子ってこと、か?
「ものすごーく、遺伝性が強い血統ってこと?」
「ご名答。オーガは、誰を孕ませても、誰の子を孕んでも、絶対にオーガの子供が生まれるんだ。ハーフにはならない。それがガーネリア王家は異種族婚姻をしても、オーガであり続けられる理由だ。ま、代わりに繫殖能力が低いから、種族の数自体は稀少なんだけど」
「へぇ……そんな摩訶不思議な遺伝子があるのか」
となると、異種族婚姻するのは、地方や他国と結びつきを深めようっていう政治的な思惑もあるかもしれないけど、単に近親婚を避けている意味合いもあるのかな。
ほうほう、勉強になる。テオは貴族令息らしく、やっぱり教養があるんだな。日頃からそうやって真面目にしていればいいのに。
余計なお世話なのは重々承知で思いつつ、そのあともテオドールフラム先生による王婿教育は昼まで続いた。
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