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あの日さえなければ。
まだ一緒にいられた。
3年前、俺は町工場で車の部品の一部を作るなんてことのない、冴えない男だった。この時32才だったが、もちろん彼女なんている訳もなく、仕事と家の往復だけをする日々だった。
そんな時、近くのパン屋が町工場にパンを販売する為に俺が働いている所に売りに来ていた女性が早希であった。
ほとんど一目惚れだった。
長くて少し茶色みがかった髪を後ろに束ね、化粧はしているか、していないか分からないほど薄い。
全体的に幸が薄そうな印象を受けるが、それでもその整った顔は俺の燻っていた男心を刺激した。
パンなんて一つばかし食べてもお腹が減るので対して大して好きではなかったが、早希と話せるチャンスだ、と何個も購入したのを覚えている。
そんなかいもあって、俺たちは付き合うようになった。
早希は少し気は弱いけど、本当に優しくて俺はこれからもずっと一緒にいたい、と思い、プロポーズをしていた。返事は『こんな私だけど、よろしくお願いします』だった。そんな謙虚な所も好きだった。
やっと俺にも幸せがやって来たのだ。
神様っているんだな。
そうしみじみ実感していた。
プロポーズしてから間もなく、早希のお腹に赤ちゃんが宿ったことが分かり、その奇跡に何年かぶりに泣いたのを覚えている。
親の葬式でも泣かなかったのに。
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