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「明日へ行ってくる」
夫の拓海がそう言い残してリビングを出ていった。
晩酌しながら好きなバラエティ番組を観てる途中で。
はい??
私は飲もうとしていた缶ビールを持ち上げたまま、しばらくポカンとしていた。
え、なに。うちの夫、タイムリーパーなの? 時をかけるの?
でもあれって過去に行くんじゃないっけ。ってそれはあれか、その方が話を作りやすいからか。
本来戻れない過去をやり直そうとするからドラマが生まれるんであって。
じゃあなんで拓海は明日に行くの?
つまり。
つまり……?
あ、腕が痛くなってきた。そういえば缶ビール持ったまんまだった。
痛みで現実に引き戻された私は、缶ビールをテーブルに置いて右肩を回した。
拓海は時々変なことを口走る。
小学四年生から、よくてせいぜい中学二年生レベルのしょうもない事を。
子供心がある、と言えば聞こえはいいが要は幼稚なのだ。今年三十三歳になるおっさんだというのに。
この間もそうだ。
テレビで「リトル・マーメイド」がやっていたのでなんとなく観ていたら「アンダー・ザ・シー」が流れる場面になった。
カニのセバスチャンが、人間になりたいと願うアリエルを歌いながら説得するシーンだ。
サビに入った途端、唐突に拓海が歌いだした。
「あっざらしー」
「『アンダー・ザ・シー』だよ」
すかさず突っ込む。
「マジで? ずっと海豹だと思ってた、海だから」
「いやいや。意味繋がんないじゃん、海豹だと」
「ん? 海豹を称賛する歌なんかなって」
あっけらかんとしてそう言い放つと、補足のつもりかまた歌いだす。
「なんて素敵な、あっざらしー」
答えになってない。
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