前編

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前編

 私の幼馴染の周りにはいつも沢山の令嬢が集まる。  だから令嬢にとって、幼馴染で、いつも一番近い位置にいる私が目障りみたい。  早く婚約者を決めてくれたいいのに。  いつも私はそう思ってる。  彼はいつも私には意地悪。  他の令嬢に接するように、優しく紳士的に対応してくれたらいいのに。  そうだったら好きになっちゃう?  ううん、そんなことないから。 「カナリア。これ余り物」  隣に住んでるクレインはそう言って箱を突きつけてきた。 「え?まさかザッヘリアのチョコレート!」  真っ黒な箱に赤いリボン。  直接見た事はないけど、噂には聞いた事がある幻のお菓子! 「余り物。しっかり食べて、また太れ」 「ひっどい。気にしてるのに!」  私はぽっちゃり、ちょっと太り気味の女の子。  コルセットで締め上げられるのが苦手で、社交界デビュー以降、お茶会やパーティーは必須のもの以外は出ていない。  必須の場合とは王妃様主催のお茶会等。  腐っても我が家は王族の血を引く侯爵家。  なので不参加には出来ないの。  そんな多くの人々が集まる場所に参加すると、クレインの噂は嫌でも耳にする。  顔が整っていて、身長もすらりと高い。物腰も柔らかくて、令嬢への気遣いを忘れない貴公子。   多分未婚の貴族子女の中で一番人気があるはず。  私に対してはまた太れとか、失礼な発言をする彼なんだけど。  社交界デビューして一年がたつ。  彼と私は同じ年だ。そろそろ婚約者がいてもおかしくない  早く決めて貰わないと、私が困る。  幼馴染でたまに一緒に劇場へ出掛けたりするから、私が彼の婚約者だと思われてる。お陰でお茶会や夜会では令嬢の視線と嫌味が痛い。  彼が伯爵令息、私が侯爵令嬢だからって、身分を盾に脅して付き合わせてるとか、クレインを解放してくださいとか酷い。  彼が相手を決めないなら、私が先に見つければいいのだけど、ちょっと太めの私にはなかなか声がかからない。  お父様にもそれとなく催促しているんだけど。 「カナリア?ほしくないのか?それなら捨てる」 「ま、待って!欲しいから」 「そうか」  クレインは黒い箱を渡してくれた。  捨てるなんて勿体無い!  太れとか酷いけど、チョコレートには罪はないから。 「菓子は用意した。お茶はないのか?」  勝手に来ておいて、しかも余り物をくれただけなのに。この言い草。  他の子にはとっても優しくて、微笑みも柔らかいのに。  会った時から、クレインは私に対して無愛想だし、冷たい。  私にだけ態度が違う。  だけど小さい時からそうだから、私も諦めている。  婚約者にはどう接するつもりなんだろう?  やっぱり優しいのかな? 「お茶ね。わかったわ」  考えを中断させると、私は使用人に指示を出す。すでにいつものことだから私たちが話している間に準備は整えていたはず。  その通りで、お茶はすぐに運ばれてきた。 「クレインも食べるでしょ?それとも食べすぎて飽きた?」 「一緒に食べる。俺はあなたと違って痩せてるから」 「本当、失礼よね。クレイン。他の子にも是非、その姿を見せてあげてほしいわ。幻滅すると思うから」 「……」  ぼそぼそと何か話された気がするけど、聞き取れない。 「クレイン、なんて言ったの?」 「なんでもない」  そうして私たちはチョコレートを摘みながら、お茶を楽しんだ。  ザッヘリアのチョコレートは本当には美味しかった! 「……王妃様主催のお茶会。またですか?」  ついこの間開かれたと思ったのに、またあるみたい。 「私は出席しないってことできますか?」 「無理だ。なんでも王妃様がお前が美味しそうにお菓子を食べる姿を堪能したいっておっしゃって」 「はあ?」 「カナリア。なんてはしたない」  それまで黙っていたお母様がすぐに注意してきた。 「申し訳ありません」  謝るとお母様は許すとばかり頷いた。 「まあ、カナリアがお菓子を食べる姿は可愛いからな。リスが一生懸命木の実を食べているみたいだ」 「お兄様、そんな風に私を見ていたの?酷い。可愛いって言われても、動物と一緒にするなんて」 「リス、可愛いじゃないか。だから、クレインがよく餌をもってくるんだよなあ」 「クレイン?」 「あ、なんでもない」  どうしてそこにクレインの名前が?  お兄様はこほんとわざとらしく咳をすると視線を逸らす。  なに? 「まあ、参加しなさい。今回は前回と違って、十人程度の規模だ」 「十人?それでも多いわ。コルセットも締めるんでしょ?しっかり締められたら、何も食べれない」 「それは緩めてあげるから。安心しなさい。王妃様はあなたが食べる姿を見るのを楽しみにしてらっしゃるみたいだから」 「そう言うの、ちょっと嫌」 「王妃様には絶対そんなこと言ってはだめよ」 「わかっています」  いくら私でも王妃様にそんな口は聞かない。 「そうそう、クレインも来るぞ」 「えー!?」 「カナリア」 「申し訳ありません」  再び大声を出してしまい、私は謝る。 「どうして嫌なの?クレインじゃない」 「だって、クレインがいるってことは、私の側に来ます。そうなると令嬢がものすごい怖い顔をするのです」 「クレインの前でか?」  お兄様がまた会話に入ってきた。心なしか面白そうだ。  こういう話好きだよね。お兄様。揉め事っていうか。次期当主だけど大丈夫なのかな? 「もちろん、彼が見ていない時よ。彼が顔を背けた途端、私にだけわかるように怖い顔するの」 「それはすごいな。私も参加できないかな」 「お兄様。参加したいのであれば喜んで権利をお譲りするわよ」 「権利って。参加権か。それはお前しか使えないだろ」  その通り。  王妃様ご指名だから。  あ、でも当日病気になってしまえば。 「お前、変なこと考えているだろ?生まれてから一度も病気したことないお前が、その日に病気になるなんて仮病としか思えないからな」 「酷い。お兄様」  どうして考えていることがバレたの? 「その日、クレインが迎えにくる。一緒に王宮へ向かうといい」 「え?」  今度は大声を出さなかったので、お母様には注意されなかった。  お茶会だけでも憂鬱なのに、クレインも一緒。  令嬢たちの怖い顔芸が見れる。あと嫌味。クレインが一緒にいればまあ、嫌味は大丈夫かもしれない。  
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