僕と君が旅する世界

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 役に立ったことと言えば、ガラの悪い高校生からカツアゲに遭った時に財布の入ったポケットを叩いて、増やした財布を渡して回避に成功したことぐらいだろう。 その高校生は「地獄の沙汰も金次第だな」とケラケラ笑っていたが、不快感が拭えなかった。 こんなことなら同じナンバーの紙幣数枚を財布に入れておいて、カツアゲ回避かつ、相手に偽札製造者の汚名を着せる地獄に落とすための(トラップ)にすればよかったと後悔するのであった。  僕の出来の悪い頭のせいかもしれないが、ふしぎなポケットは役に立たない超能力としか言えなかった。 大人になってこれが役に立ったのは宴会芸でふしぎなポケットの歌詞に合わせてビスケットを増やした時ぐらいだ。見ていたお偉方や同僚にも「どんなトリックだ!?」と詰問されたのだが、叩くと増えてしまう以上は答えようがない。 皆に大量に酒を飲ませたヘベレケにした上で超能力(サイキックパワー)と有耶無耶にして誤魔化すことしか出来なかった。  考えたくないことだが、地球規模の食料危機でも訪れれば僕は何万回でも何億回でも何兆回でも食料を入れたポケットを叩き続けるだろう。それは、聖書に書かれた「五つのパンと二匹の魚」を今の時代に再現するような奇跡を起こすようなものだ。 ミイラとなった僕にズボンを履かせ、右手にワイヤーでも付けてオートでポケットを叩き続けるだけのイコンとなったとしても構わないと思っている。 僕が思うに、ふしぎなポケットは人類の食料危機を救うための超能力だ。 しかし、現実は食料危機なぞ起こらずに愚か極まりない程に飽食の時代だ。 ふしぎなポケットで食料危機を救う必要がある時代にならなくて何よりである。  やがて、時が流れ僕は天に召された。八十歳を過ぎ、子供や孫に囲まれての大往生であった。 これまでの人生、子供や孫の前でふしぎなポケットの超能力でお菓子や500円玉の小遣いを上げてばかりいたような気がする。昔から皆は「どうやったの?」と物が増えるメカニズムを聞いてきたが、僕には答えることは出来なかった。「知らないし、わからない」のだから…… それ故に笑いながら「その答えはポケットの中にあるよ」と、誤魔化すのであった。  このふしぎなポケットの超能力であるが、見せた人間が驚いたり喜んだりするばかりで金儲けの手段には使えなかった。今際の際で考えたことは「あまり役に立たなかったなぁ、このショボい超能力」である。
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