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小さな手が真っ直ぐ伸ばされて、抱っこを求める。周りの子と比べると遅い(らしい)けど。
その小さな声、大きなあどけない瞳がとても愛おしく感じた。
子供なんて特別好きじゃなかったけど、これが愛情なのだろうか。
「まっ、まっまっまっまー、あぶー」
「えー、なんかママって呼ばれてるみたいですね。香江ちゃんだよー。私、ママじゃないんだけどな」
「まだ言葉の音で遊んでるんじゃないかしら?それに、周りの大人をみんなママって言う時期だから」
「そうなんですか?そっかー。希乃愛、凄いね~。お話上手になったね!」
先生は私の子供ではないと分かっていたから、優しく色々教えてくれたけど。
制服姿に抱っこ紐で希乃愛を抱えてバスに乗ると、好奇な視線を向けられるのが伝わってきた。
知らない人にまで家庭の事情に踏み込んで欲しくないし。そういう時は、ギッと睨み返してやった。
高校卒業後──、私は就職をやめた。
母がバイトでもいいから働きなさいというから、認可外保育園に預けたままバイトと希乃愛と過ごす日々が過ぎていった。
「……じじ…、じーじ」
それは、希乃愛が1歳10ヶ月になった頃。
希乃愛がお父さんの事をはじめて「じじ」と呼んだ。
父が泣いた。希乃愛を抱き上げて、あの父が涙を見せたのだ。
あんなに世間体を気にしていた頑固親父が、姉に謝罪したいと口にした。今まででは考えられない変化だった。
希乃愛が家に来てから生活は変わったけど、家の雰囲気もガラリと変化したといっても過言ではない。
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