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今日はやけに冷えるなと思い、カーテンを少しだけ開け窓の外を見た。暗闇の中にちらちらと小雪が舞っている。そう言えば夕方から雪の予報が出ていたっけ。
とある研究プロジェクト参加のため半年間のCERN(欧州原子核研究機構)滞在後、先週帰国し、今現在共同研究者に送るための論文を大急ぎでまとめているところだ。
さて論文の続きを書こうとノートパソコンの前に座り直したところでスマホがなった。彼からだった。
「先生!今から会いに行ってもいいですか?」
車の喧騒の中から声が聞こえてくる。外にいるのだろうか。
「構わないよ、いつでもどうぞ」
「ありがとうございます!」
そう言って電話が切れた。帰国してから彼は少しでも時間ができるとぼくを訪ねてくる。まるで、会えなかった半年間の空白を埋めるかのように。
彼に寂しい思いをさせていたのは分かっているし、もちろんぼくだって会いたいので好きにさせている。彼が来るならばと仕事部屋からリビングに戻ろうとした途端、インターホンがなった。え?もう着いたのか、すぐ近くまで来てたのかな、と思いつつそのままドアを開けた。 ビューっと冷風が吹き込んでくる。
「うわっ!さむっっ!!」
綿シャツに薄手のカーディガン一枚羽織っただけのぼくは思わずふるえる。開いたドアの前に彼が立っていた。
「先生っ!会いたかった!!」
外の冷気をまとった彼がぼくをギュッと抱きしめる。ぼくも彼の背に両手をわます。じんわりと彼のぬくもりが伝わってくる。
……冷たいけどあたたかい。
ガチャン、とドアのしまる音がした。
「久々に会えてうれしいです!」
「…ん?ひさびさ??」
えーと確か、おととい会った気がするんだけど……彼の腕の中で思う。
彼はぼくを腕の中から解放すると改めてぼくの顔をのぞきこんだ。
「ちゃんと夕飯食べましたか?」
「……食べたよ」
パンとチーズを紅茶で流し込んだだけなのでちゃんと、と言えるかどうか疑問だけど。
「論文書くのに徹夜とかしてないでしょうね」
「……してないよ」
本当は明け方まで書いていたんだけど、それは黙っておこう。
「ホントに?」
彼が疑いの目でぼくを見る。
「本当だよ……」
ひとつの事に夢中になると寝食を忘れてのめり込んでしまうぼく。彼にいつも心配をかけているのはわかっているんだけど。「大丈夫、ちゃんと普通にやってるから」と言うと彼は安心したように笑った。
「じゃ、俺、行きます」
「え?もう帰っちゃうの」
はい……とテンション低めの声。
「これから夜勤なんです。当分の間、忙しくて会いに来れそうにないので、あなたの顔を見ておきたくて…また連絡しますね!」
そう言って彼はぼくの唇にキスだけ残し、あっという間に出て行った。
滞在時間、約3分。
「……うそ、だろ」
ナニソレ!と思わず突っ込みを入れる。一方的に会話が進み、ぼくに残ったのは去り際のキスだけ……。
……ズルい、ズルいよ。
またすぐ会いたくなるじゃないか!これは彼の思わせぶり作戦なのか?いや、彼はそんな計算のできる男ではない。恐ろしいことにアレは “素” なのだ。
今すぐに彼を追いかけ部屋に連れ戻したい。この行き場のないモヤモヤした気持、どうしてくれるんだ。 論文なんか書いてる場合じゃないよ!
ああ、まったく彼にはかなわない。いつも彼に振り回されてばかり。でも仕方ない、だって彼のすべてが大好きだから……。
(終)
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