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狂想2-⑸
「――やれやれ、これじゃ記者と言うより探偵だ。どうしていつもこうなってしまうのかな」
魚見坂の下にあるという玩具屋を探しながら、流介はまたしても謎に翻弄されている我が身を嘆いた。
流介の話を聞き終えた日笠が口にしたのは、「その外国人が言う『まだら模様の服を着た道化』は、トランプを回収しようとする元の持ち主の変そうかもしれぬ。玩具店に行ってその者の素性を突き止めてはどうかな」という解決案だった。
流介が「なぜ、元の持ち主が一度売ったトランプを回収するのです?』と問うと「さあ、すぐには思いつかぬ。……そうだ、二日後に『港町奇譚倶楽部』の例会がある。それまでに理由を考えておこう。君は元の持ち主を調べておいてくれ」と勝手に話を進めたのだった。
「ええと、西洋雑貨、玩具……あった、ここだ」
海からほど近い一角にぽつんと建っていたのは『風神堂』という変わった名前の店だった。
こじんまりとした店の戸を思いきって開けると、かたかたという音が聞こえ金属の臭いがふっと鼻先を掠めた。
「ごめんくだ……さい」
流介が奥に覗く帳場か作業場かわからぬ一角に呼びかけると、小さいものが転がる音と共に「いらっしゃい」とやや掠れた声が聞こえた。
「失礼ですがここは玩具を扱っているお店……ということで間違いないですか」
「そうだよ。……お客さん、欲しい玩具でもあるのかい?」
奥の机でなにやら金属の玩具を分解していたらしい年配の男性が、時計屋が使うような目眼鏡を外しながら言った。
「いえ、実はここで売られたと言う『幸運な道化』というトランプについて伺いたいのです」
「幸運な道化だって?なんでそんなもののことを聞きたがるんだね」
主は訝しむような目を流介に向けると、億劫そうな口調で応じた。
「ここでトランプを購入した名栗さんという人が、そいつを盗まれたんだそうです」
「盗まれた?」
「はい。いまだに盗人の手がかりが無く、ある人に相談したところ「トランプを売った人が何らかの理由で回収したのではないか」と言われたのです」
「あんた……そのトランプを買った男の何なんだね。友達かい?」
「ちょっとした知り合いです。彼が手詰まりのようだったので、力を貸せればと思ったのです」
「ふむ……『幸運な道化』について聞きたいのなら、売り込みに来た当人に聞くんだね」
「売った人を知っているんですか?」
「ああ、知っているよ。なにしろトランプを売りに来た後、今度はわしに「大道芸を教えてくれと図々しく頼みに現れたんだからね。そんな外国人は見たことが無いよ」
「外国人なんですか」
「そうさ。ジョナサンと言う元船乗りで、今は暇さえあれば厳島神社の境内で大道芸の練習をしているよ」
「大道芸……」
「芸を教わった後、自分が売った『幸運な道化』が惜しくなったのかもしれんが……」
主はそこでいったん言葉を切ると「だからといって物を盗むような男ではないよ」とつけ加えた。
「なるほど、トランプは元々、何かの芸に使うつもりで持っていたんですね。わかりました、神社の方に行ってみます」
「言っておくがいるとは限らんよ。行ってみていなくてもがっかりしないでくれ」
「はい、覚えておきます。教えてくれてありがとうございました。……では」
流介は不思議な空気の漂う玩具店を後にすると、すぐ近くの厳島神社へと足を向けた。
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