狂想1ー⑵

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狂想1ー⑵

「なにか心当たりは?」 「ここで働いてしばらく経った頃、名栗さんが「実は休みの日は幸坂のあたりで外国人がやっている屋台を手伝っているんだ」と漏らして驚いたことがあるのです」 「ちゃんとした料理店で働いているのに、なぜ屋台を?」 「どうもそこで売られているソーセージ料理が、いたく気に入ってしまったようなんです」 「ソーセージと言うと独逸かどこか、外国の肉料理ですね」 「そうです。そしてその外国人――たしかカール・フェルトマンとかいう名だったと思いますが――が、西洋かるたを使った博打好きで「かるた遊び」の好きな名栗(なぐり)さんと意気投合したようなんです 「名栗さんと言う方も博打がお好きなんですか?」  流介はやや意外に思いながら尋ねた。進取の西洋料理店と博打好きの人物がちぐはぐなように思えたからだ。 「いえ、名栗さんは単に頭を使う遊びが好きなだけで、賭け事は苦手だと言っていました。しかしカールさんの屋台を手伝ううちに、興味本位で外国船の船乗りたちが集まる賭場に足を踏みいれるようになったのです」 「賭け事にのめり込んだというわけではないのですね」 「たぶん……そこは寺の庫裏(くり)に似た建物で、表向きは茶屋ですが奥では西洋かるたなどを用いた賭け事がなされているそうです」 「賭場を兼ねた茶屋?そいつはお上の取り締まりに引っかかるのではないかな」 「私もそう思いました。ですが名栗さんによれば「自分は何も賭けず、かるた遊びに一、二度ほど混ぜてもらうだけ」なのだそうです」 「だったら店を休むようなことはないと思うのだけれど」 「だから不思議なのです。一応、屋台の方には行きましたが、どうもしばらく前から店を閉めているようでした。賭場を兼ねた茶屋と言う店も場所だけは知っているのですが、残念ながら店に足を踏みいれたことはありません」 「なるほど」 「実は店を休む少し前に名栗さんがこんなことを言っていたのです。「カールが近いうちに賭けをしながら食べられるソーセージの弁当を売ると言っているが、俺ならひき肉でやるな」と」 「……ソーセージの弁当?というとこの『ハンブルク・サンド』のようにソーセージをパンで挟むということかな」 「私もそんな気がします。ひょっとしたら名栗さんはカール氏に対抗して『ハンブルク・サンド』を賭場で賭け事をする男たち売りつけようとしているのではないか――そんな気がするのです」 「なるほど、そういう弁当なら片手で食べつつ、さいころや花札ができそうですね」 「ええ。私としてはそのような怪しい店に肩入れするよりここ『五灯軒』で腕を磨いて調理人として一人立ちした方がいいと思っているのですが……」 「それほど優れた料理人だったら、その方が将来は明るいでしょうね」 「はい……だからこそ心配なのです」  国彦はそう言って目を伏せると、大きなため息をついた。
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