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12月2日、日曜日。午前9時。
カレンダーを見ると、72候の欄には、橘始黄・たちばなはじめてきばむと書かれている。
「橘の実が黄色く色づき始める頃。……かんきつ類のことなのか」
「ちょうどいいね」
そう言いながら、早瀬がオレンジをカットしている。俺はコーヒーメーカーの前に立ち、コーヒー豆をセットした。そばのカウンターには、夏樹から貰ったマフィンがある。しばらく経つと、キッチン内に珈琲のいい匂いが漂ってきた。
「これ、新しい豆だよ。マリーズカフェのクリスマスブレンド。甘味強め、酸味弱め」
「お互いの好みだね」
「うん。運んでおくよー?」
「……ああ、頼む」
コポコポ……。
2つのマグカップへ、珈琲を注ぎ入れた。早瀬はブラックで、俺はミルクを入れる。クールな男を目指す俺は、大学ではブラック派だ。実はミルクを入れないと苦くて飲みづらい。
木製のトレーにマグカップとマフィンを乗せて、リビングへ運んだ。テレビをつけると、情報番組が流れていた。毎週日曜日に二人で観ている番組だ。
「裕理さーん。王妃様のブレックファーストが始まってるよ」
「はーい。行くよ」
カタカタ……。
早瀬が瑞々しいオレンジが乗せられた皿に乗せて持ってきた。珈琲とマフィンの匂いもしている。そして、早瀬からは、グリーン系の匂いがしている。
俺の名前は久田悠人。大学一年生だ。アマチュアのハードロックバンドで、ベースとギターを担当している。俺には、IKUエンタテインメントというレコード会社から所属契約のオファーがきている。それを受けるつもりだ。前に進みたい。バンドメンバーにも話がくるそうだが、受けるかどうかは、それぞれがよく考えた結果になる。みんながOKしてくれたらいいのにと、モヤモヤと考え込んでいる状況だ。
そして、俺には、ほんの2日前にプロポーズをして『指輪交換』をしたパートナーが存在する。その人は、早瀬裕理という。一週間後、31歳の誕生日を迎えるから、俺とはひと回りの年の差がある。
外見はこういう人だ。優しそうな顔立ちの爽やかイケメンで、スーツ姿のときはキリッとしている。やや怖さを感じるのは、隙がないからだろう。家の中では反対で、隙だらけだ。ダラっとしている。
中身はこういう人だ。意地っ張りで頑固。強引でいじめっ子。俺のことをからかって遊ぶのが好きな、大きな子供だ。それをカバーできるほどの包容力も持ち主でもある。それに騙されて捕獲されたわけだ。
職業は会社員だ。黒崎製菓の営業企画部で部長代理をつとめている。エリートイケメンというものだ。そして、真逆にも思える経歴の持ち主でもある。5年前までアマチュアバンドでギタリストをやっていた。しかし、プロへの誘いを断り会社員の道を選んだ。その後悔は解消されて、今ではプロになったミュージシャンとの交流がある。
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