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 14時。  これから指輪を買いに行くために、早瀨の車に乗っている。話題は今日の昼ご飯のことだ。早瀬から美味しく食べられた後、2人で昼ご飯を食べた。機嫌をそこねた俺のために、彼がオムレツを焼いてくれた。それにはバリエーションがあり、今日はきのこソースをかけたものだった。 「裕理さん。きのこソースのバリエーション、増やすの?」 「ああ。ここまでオムレツづくりするなら、この際だ。ソースを増やす。まいたけのチリソースがけオムレツっていうのを見つけた」 「わあー、美味しそう。ピリッとしてるのがいい」 「あんまり辛すぎると、まったりした味が引き立たない。適度にピリッとさせないといけないね……」 「裕理さん。凝っているもんね。料理好きっていいね」 「君がバクバク食べてくれるから作りがいがある。おばあちゃんもそうだっただろう」 「よく言われたよ」  高校入学直前に亡くなった、父方の祖母のことだ。忙しい両親にかわり育ててもらったのも同然だ。祖母が亡くなった後は、近所の実家に戻った。しかし1人暮らしの状況だった。両親はお互いに好きな人の家で暮らしていたからだ。生活費が振り込まれており、食事は一日一回、お手伝いさんが作りに来てくれた。掃除や洗濯などの家事もだ。両親が不在でも、困らないようにしてもらった。恵まれた環境でも、寂しさは消えない。しかし、親が悪いと思い続けて恨んでいたのは最近までだ。今では早瀬という居場所を見つけた今、ネガティブな考え方をやめるようにした。  いつまでも、同じ場所へ留まっていてもしかたがない。部屋のすみで膝を抱えて座り、閉じこもっているようなものだ。ドアを開けて新しい場所へ進む。その場所から、両親がいる対岸を眺める。その距離感がいいと思っている。 「そろそろ到着だ。先にカフェで飲んでいく?」 「ううん。ショップの帰りがいい」 「そうか。クリスマス限定のメニューが出ているだろう?フレーバーと、スイーツ」 「詳しいね。裕理さん、行っていないのに……」 「マーケティングで情報収集をしているからだよ。どこの店で何を置いてあるのか、データベースを作っていた。まだそのクセが抜けない」 「その部門の統括もやっているもんね」 「車酔いは平気か?」 「うん。もう酔わないよ」  大学の先輩、昔のバンドメンバーの運転、通学バス。たいていは車酔いをしていた。早瀬の運転では酔ったことがない。静かだし、揺れが少ないこともある。落ち着いた声のトーンに安心する。普段は賑やかでも、運転中は静かだ。 「ゆうとくーん。今朝は大きな声が出たね」 「もうっ、言うなよ!」 「どういう違いがあるんだ?ベッドで」 「もうっ、しらない!」 「モウモウ?牛になるぞー?」 「メエメエ!」 「可愛い」 「かっこわるい……」  さっきまで静かだった早瀬が、軽口を叩き始めた。エロいことこの上ない。黙っている方がカッコいいのに、黙られると寂しくなるという矛盾。そんな早瀬が丸ごと全部大好きだという現実を抱えている。  黒崎製菓の本社ビルが見えてきた。ショップは近くにある。タワー駐車場へ車を入れて出てくると、賑やかな街が広がった。街路樹との間には、イルミネーションが取り付けられている。小さな電球でも、たくさんあるから賑やかになりそうだ。通り過ぎていく店からは、クリスマスソングが流れている。絆創膏を貼り付けたままで、ショップに行くのが恥ずかしい。 「裕理さん。絆創膏を外そうよ。フィッテングするなら外さないと……」 「店に着いてからでいい」 「やだよ、はずかしい」 「……みっともない同士だろう?開き直れ」 「それとこれとは別だよ!準備可能なんだからさ……」 「ウーン。悠人君はテキパキし始めたなあ。バタバタ焦って失敗するところが可愛らしかったのに」 「成長したんだよ。クールな男を目指しているんだ」 「……ぷっ。ははははー」 「笑うなよ……」 「目標は高く持てばいい。叶うといいね?」 「バカにしているよね?感じ悪い!」  早瀬が肩を揺らして笑っている。悔しいから、つないだ手を離してやった。距離を取って歩いていると、早瀬が笑いながら手を伸ばしてきた。それを避けていると、さらに距離を詰められた。 「悠人君、こっちにおいで。笑わないから」 「今も笑ってるだろー」 「これは別のことで笑っている。さっきのことじゃない。今の君が面白いから」 「あーいえばこう言う。先に行くからね」 「迷子になるぞーー」 「アプリがあるから平気だよー」 「真っ直ぐだぞーー」 「はーい」  クールな男を目指しているのに、方向音痴だ。都内に出てきてからは、地図アプリが欠かせない。サクサク動く画像のあるアプリを発見して以来、ずっと愛用している。更新が頻繁にあるからバグもないし、特に困っていない。 「えーっと。真っ直ぐなのかー。ふむふむ」  歩きスマホは危険なため、見るときには立ち止まっている。歩道の端っこに移動して、ゆっくりと確認している。ほんの2日前に通った場所だというのに、迷子になる確率が高い。こういう面は直らないと聞いたから、自分なりに対策を取っている。早瀬からのアドバイスも役立っている。 「ゆうとーー」 「先に行くから」 「ちゃんと前を見なさい!」 「見てる……、ひいいいっ」  前を見ているというのは嘘だと認識した時には、目の前に大きな柱があった。背中がヒヤッとした。 「あああ……」 「こら……」  後ろ向きに重力がかかり、衝突を避けることが出来た。背中と頭の後ろに温かい感触があり、耳元では低い声が響いた。少しばかり怒っているようだ。
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