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店内に入り、ため息をついた。落ち着いた色合いの絨毯に、ピカピカに磨き上げられたショーケースが並んでいる。どこもかしこも綺麗だ。店内の照明は明るくて、奥には暗めのスペースがある。そこにはテーブルと椅子が置かれている。そのうちの一つでは、男女が店員から話を聞いている。指輪を買いに来たのだろう。
(……俺、場違いじゃないかな。男同士だし。カノジョと来てもそうだろうけど)
せっかく来たのに、躊躇してしまった。早瀬が一緒に居るから困ることはないのに。なんせ社会人で大人だ。先に店内に入って行く後ろ姿は違和感がない。ここで立ち止まる理由はない。堂々としていればいい。いい子の衣装を着てしまえ。
そう思った時、我に返った。嫌いな自分の一面だと。いい子のユートを捨てたはずなのに、自分を守るために、”変身マント”を探して着ようとしている。それを着れば、こういう場所でも臆することなく振舞うことが可能だ。それに頼りたくはない。それを振り払いたいがために、口にしてしまった。
「だめだだめだだめだーー!あああ……」
どうしよう?思わず声が出てしまい、一斉に注目を浴びてしまった。キョトンとしている人の中では、笑っている早瀬がいる。嫌な顔一つせずに、利き手である左手を差し出してきた。
「ゆうとー?仲直りをしただろう。まだ怒っているのか?」
「あ……」
「仕方のない子だ。おいで」
「う、うん」
これは早瀬からのフォローだと分かった。おかげで店内には元の時間が流れ始めた。寄り添うように立ち、早瀬が用件を話し始めた。
「……早瀬です。先日の」
「……かしこまりました。こちらへ」
「……悠人、こっちだ」
「……う、うん」
案内された先は、指輪カップルのそばのテーブルだ。椅子を引かれて腰かけると、担当だという女性が現れて挨拶をかわした。
飲み物をご用意いたします、珈琲をお願いします。カフェのやり取りのようだと聞きながら、テーブルの木目を見つめた。借りてきたネコ状態で座っていることにした。
カチコチになっていると、早瀬が話しかけてきた。真面目な顔をしている。どうしたんだろう?じっと見つめ返していると、耳元で囁かれた。そして、呪文を唱えようと言われた。
「悠人君。ドキドキしているのか?」
「うん。それはそうだよ……」
「ドキドキ、ドキドキ」
「ドキドキ、ドキドキ」
「借りたネコ。ネコネコ、ネコネコ」
「借りたネコネコ、ネコネコ」
「小判、小判」
「コバン、コバン」
「ご飯、ご飯」
「ゴハン、ゴハン」
「落ち着いた?」
「あ……」
どうしよう?アホみたいに復唱してしまった。しかもこのタイミングで、珈琲が運ばれて来た。店員さんは聞いただろうに、聞いていないふりをしてくれた。こういう光景に慣れているのかも知れない。周りを見ると、アツアツで湯気が出ているからだ。少なくとも自分にはそう見える。きっと自分の頭の上には、温泉マークが出ているだろう。
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