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11.数日も待てずにカリンに手を出したな!
しばらく近寄ってくる北西諸国の要人と会話していたが、カリンがどんな会話をレイリンとしているのかが気になって仕方がなかった。
気がつけば僕は、バルコニーに続く扉を少し開け聞き耳を立てるような下品なマネをしていた。
「セルシオ国王陛下が元奴隷ならば、私は今現在奴隷です。彼に囚われた愛の奴隷です。彼の為なら何でもできる⋯⋯自ら私は彼の奴隷に志願したんです」
澄んだカリンの声で発せられた言葉が、まるで死刑宣告のように感じた。
彼女はきっと男性経験がなかったのだろう。
そして初めての相手であるセルシオ国王に囚われてしまっている。
カリンのような恐ろしく魅力的な女が目の前に現れたら、普通の男なら手を出してしまうだろう。僕は昨晩その衝動を彼女を傷つけたくない一心で抑えたことを思い出していた。
(セルシオ・カルパシーノ⋯⋯数日も待てずにカリンに手を出したな!)
僕はまたセルシオ国王への憎しみを募らせた。
僕はレイリンに断りをいれ、カリンを会場の外へと連れ出した。
パレーシア帝国と比べて空気も乾燥している上に、風が冷たい。
(カリンが寒がったら、僕のジャケットを貸してあげよう⋯⋯)
降り注いで来そうなくらい光瞬く星が、カリンの美しさを引き立てていた夜だった。
僕は彼女が僕を怖がっていた事を思い出し、細心の注意を払いながら彼女に接した。
気がつけば、昨晩に僕たちが出会った湖のほとりへと足が自然と向いていた。
「ルイス皇子殿下、昨晩はハンカチをお貸し頂きありがとうございました」
不意にカリンに話しかけられ振り向くと、彼女は徐に胸の谷間からハンカチを取り出した。
思わず受け取ったハンカチは彼女の温もりが残っていて、僕はそれをギュッと握りしめた。
(なんで、そんな大切な場所からハンカチを⋯⋯もしかして、温めていてくれたのか?)
「このハンカチの刺繍はレイリン様がされたものですか? 本当に見事ですね。私ならば皇家の紋章は簡略化します。この刺繍の繊細で丁寧な仕事ぶりからも、レイリン様の殿下への想いが伝わるようです」
刺繍の話をカリンがしていて、思わずハンカチをまじまじと見つめた。
パレーシア皇家の紋章である王冠を被った鷲が描かれているが、カリンはどのようにこの紋章を簡略化すると言っているのだろう。そもそも、紋章の簡略化など許されるものではない。
僕はカリンの発想が不思議で仕方がなかった。
「刺繍は普通だと思うが⋯⋯」
思わず漏れた僕の言葉に反応したカリンが口を開く。
彼女の瞳が辺りを照らすように輝いていて目が離せない。
「もしかして、刺繍よりもハンカチの汚れが落ちていることに注目していますか? 実は私の専属メイドのマリナの仕事です。とっても勤労で頼れる素敵な子なんですよ」
僕は話を聞きながら、素敵なのはカリンの方だと思った。
ハンカチの汚れを落とすなど、メイドとして当然の仕事だ。
そんな些細な仕事にも彼女は感謝を示している。
(これが聖女なのか⋯⋯もう、我慢できない)
僕は気がつけば、彼女の頬に手を添えて唇を近づけていた。
「おやめ下さい! まだ成人もしていないのに、無礼講だと調子にのってお酒を飲みましたね。顔が赤いからバレバレですよ。それとも、葡萄ジュースと赤ワインをまちがえましたか? 本当に仕方がない方ですね」
僕の口づけを制するように、彼女の手のひらを唇に当てられた。
下がり眉で僕を見つめてくる彼女を見て、もっと様々彼女の表情を見たいと思った。
僕は確かに17歳で成人をしていないが、帝国の皇子だ。
そんな僕の高い身分に臆することなく、ルールを守れと言ってくる彼女は皇后の器なのではないだろうか。
彼女が唇に当てた所から流れてくる温かい力に身を委ねると、なんだがとても体が楽になった。
「これは神聖力か?」
「はい。ルイス皇子殿下は帝国の代表として来られているのだから、お酒でのやらかしはまずいですよ」
人に叱られることなど、何年ぶりだろうか。
頬を少し膨らませて僕を叱ってくる、カリンが可愛くて仕方がない。
「カリンは、酒を飲んだことがあるのか?」
孤児院で貧しい生活を強いられてきた彼女が、嗜好品である酒を口にしたことがあるとは思えなかった。
(もしかして、酔った男に絡まれて嫌な思いをしたことがあるんじゃ⋯⋯)
僕が心配して聞いた言葉を、彼女は手を広げて満面の笑顔で返してきた。
「私はお酒が強いですよ。これくらいは飲めます」
明らかに僕を笑わせようとして、冗談を言っている彼女が愛おしい。
もしかしたら、会話をするうちに火の魔力を使う僕のことを怖いという感情も消えたのかもしれない。
「カリン、僕の為に使ってくれた神聖力のお礼がしたい」
僕の言葉にカリンは考え込んだ。
「神聖力のお礼など必要ありません。いくら使っても減るものではありませんから。でも、私の気持ちを言わせてください。ルイス皇子殿下の私への卑劣な行為は、あなたがまだ大人ではなかったということで何とか許せています。願わくば帝国に戻ったら、2度とカルパシーノ王国に来ないで頂けると助かります」
カリンは切なそうにそう言うと、走って会場ではない方向に行ってしまった。僕は彼女から言われたことがあまりに衝撃的で、しばらくそこを動けなかった。
卑劣な行為というものが何を指すのかが、僕にはいくら考えても心当たりがなかった。
彼女の感覚が僕とは異なっている以上、僕は彼女が何が不快だったか考え続けるしかないだろう。
そして、おそらくその行為により、僕は2度と会いたくないというくらい彼女に嫌われているのかもしれない。
僕は彼女と出会った湖を眺め続けた。気がつけば彼女に愛されるセルシオ・カルパシーノが憎くて、明日の会談で消し炭にしてやろうかと考えだしていた。
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