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17.本当に人間のものじゃないみたい⋯⋯。
ノックの音がして、扉を開けると私の大好きな2人がいた。
「ルイス皇子殿下に、レイリン・メダンがお目にかかります。カリンもどうぞお入りになってくださいな」
私はルイス皇子から、彼女がアリアドネの双子の妹のカリンであることを聞いた。
彼はそれだけでなく皇族の機密情報である聖女についての秘密まで話してくれた。
そんなことを話してくれるのだから、彼はかなり私を頼っているし皇族になれることは確定したようなものだ。
そして、私は船に乗る前にカリンと沢山話をした。
彼女はどうやら純潔のようだ。
私は彼女を皇后にするつもりだ。
「レイリン、実はパレーシア帝国のことについて、カリンに教えてあげて欲しいんだ。時間がないから一緒に寝食を共にして色々と教えてやって欲しい」
「レイリンと同じ部屋になれるのですか? 嬉しいです。早速荷物をとってきますね」
私を頼りにするルイス皇子の言葉の喜びを噛み締めると、畳み掛けるように可愛い笑顔でカリンが私が喜ぶようなことを言う。
「荷物など、後でメイドにとって行かせれば!」
ルイス皇子がカリンを引き止めようとしたが、彼女は走って行ってしまった。
「レイリン、カリンが帝国で嫌な目に遭わないように教養やマナーを身につけさせて欲しいんだ」
私は恋に溺れているルイス皇子がカリンの問題点に気がついたことに安心した。
カリンのマナーは、カルパシーノ王国では問題がない。
孤児院で育ったとは思えない程、公式の場では優雅な振る舞いをしていた。
でも、帝国は揚げ足をとる人間ばかりだ。
公式の場だけではなく、常に言動や振る舞いに気をつけなければならない。
(カリンは皇后になるのだから、かなりのレベルが要求されるわ)
「もちろん最善を尽くさせて頂きます。ルイス皇子殿下、私から提案があるのですが聞いてもらえますか?」
私はソファーに座った彼に紅茶を注ぎながら尋ねた。
すると、彼は紅茶に口をつける。
(初めて私の注いだ紅茶を飲んで頂けたわ)
彼は警戒心が強く、婚約者である私のことも信用していなかった。
だから義務のようにメダン公爵家で私と時間をとっても、出された一切の飲食物に手を出さなかった。
「なんだ? それは僕にとって良い提案なのか?」
「はい。カリンは純潔です。彼女を妃として迎えてはいかがでしょうか」
「純潔! 本当か? セルシオ国王は男色だったのか、意外といい奴じゃないか」
私はルイス皇子の言動に思わず吹き出しそうになった。
私は彼女の育ちを聞き、純潔の可能性があると思っていた。
そして、私は今朝カリンに彼女の正体を聞いたことと、昨晩セルシオ国王とどのような時を過ごしたのかを尋ねた。
彼女はセルシオ国王の気持ちが自分に向くまで待つつもりで、彼の体ではなく心が欲しいのだと言っていた。それから、男女の夜の実践経験が皆無なのでホッとしている気持ちもある事まで打ち明けてくれた。
「殿下が皇帝に即位した暁には、カリンは皇后になります。その時に私を皇妃として迎えてください。私が彼女を支えます。そして彼女の安全を考えても他の妻は娶らない選択をしてはどうかという提案です」
これは私にとって今まで理想として想像してきた未来を超える幸せを与えてくれる提案だ。
カリンをお飾りの皇后にして、実権は私が握るのだ。
彼女にはパレーシア帝国で、なんの後ろ盾もない。
皇妃になった私の実家であるメダン公爵家が力を持つことができる。
彼の母君である現皇后陛下も皇妃の1人から毒をもられ、現在療養中だ。
(彼はきっと提案を受け入れるわ)
「君はそれで良いのか? 妃教育を頑張っているといつも言っていたじゃないか」
私は唐突に彼から自分の事を気遣われて驚いてしまった。
いつも自分の頑張りを認めて欲しいと思っていた。
(労ってくれるなんて初めてだわ⋯⋯本当にカリンは彼を変えてしまった)
「私の役目はルイス皇子殿下をお支えする事です」
「ありがとう。僕は君のことを皇族になりたいだけの強欲な女の1人だと誤解していた。本当に僕のことを考えてくれていたんだな」
私は彼の言葉に思わず顔が引き攣ってしまった。
彼に一目惚れして、ずっと彼のことが好きだったはずだ。
でも、カリンが常にセルシオ国王のことを想っているような純粋な気持ちとは違うことに気がついていた。
帝国で誰もが羨むような地位につきたかった。
私の能力を認めて欲しかった。
美しい上に特別な能力を持つ彼の妻になれば、皆が私を羨むと思っていた。
「持ってきましたー!」
その時、優しく澄んだカリンの声がした。
「じゃあ、僕は行くよ。レイリン、よろしく頼むぞ」
ルイス皇子が私の肩をポンポン叩きながら、微笑みかけて去っていった。
そのような事をされたのは初めてで戸惑ってしまう。
「ふふっ! 2人の仲は進展したようですね。何か、こちらまでドキドキしてきました。片想い同士頑張りましょうね」
部屋に入ってきて、笑いかけてくるカリンの言葉に罪悪感が込み上げる。
彼女は私と彼をわざと2人きりにしてくれていたのだ。
彼女は私とルイス皇子の恋を応援しているつもりだろうけど、私は彼女を騙してセルシオ国王との仲を引き裂こうとしている。
「カリン、座ってください。まずは帝国のマナーを学びましょう」
カルパシーノ王国とはだいぶ異なる帝国のマナーをまずは彼女に教えようと思った。私がマナーの本を出すと、彼女は本を手に取り全ページを凄い速さで捲った。
「パレーシア帝国の本はカルパシーノ王国では手に入らなかったので読むのが楽しみでした。お聞きしたい事があるのですが、234ページの5行目から11行目に書いてあったマナーが厳しいと思います」
私は一瞬カリンが何を言っているのか理解できなかった。
(えっ? 今ので本を全部読んだの?)
「下の身分のものから、上の身分のものに話しかけてはいけないのは厳しくないですか? そんな事をしたら、メイドはおとなしい子ばかりになってしまいます。仲良くなることが難しい気がするのです」
カリンが何を言っているのか全く理解できない。
メイドと仲良くなる必要は全くない。
それよりも気になるのは、カリンが本当に本を捲るだけで内容を覚えてしまったことだ。
「カリン⋯⋯ちなみに15ページ目には何が書いてあったか覚えている?」
私が恐る恐る聞くと、カリンは1語1句違わず答えてきた。
「聖女について書かれた本とかも帝国にはありますか? 聖女は今まで帝国で生まれることが常と聞きました。日記とかもあったら読みたいです。私と同じ力を持った人がどのように過ごしてきたのかが知りたいんです」
一点の曇りもない輝く瞳でカリンが私を見つめてくる。
(綺麗な目⋯⋯本当に人間のものじゃないみたい⋯⋯)
聖女に関する書物なんて彼女に見せられない。
まるで人間扱いしていないように、帝国は聖女を利用し尽くしてきた。
私は彼女のことを扱いやすいと侮っていた。
彼女は神から選ばれた魂を持つ子だ。
当然、神様はお気に入りの彼女に特別な能力を授けていた。
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