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29.僕は必ずカリンの心を得て見せます。
ようやっと入れた部屋で見たのは僕の父、ベリオット・パレーシアの死にゆく姿だった。
カリンは父を見ると直ぐに手を添える。
世界中の優しさを集めたような琥珀色の瞳に釘付けになった。
目が眩むような眩い光と共に、父は目を開けて生き生きとした表情でおきあっがった。
「良かった。元気になったみたいですね」
「ありがとう。君はアリアドネ・シャリレーンではないな」
カリンが笑顔で言った言葉に父が返す。
確かにアリアドネがカリン程の神聖力を持っていたら、色々な事が変わっていた。
きっと、あっという間に神の奇跡のような力が広まり帝国はアリアドネを奪いに行ってただろう。
カリンの神聖力は神の領域だ。アリアドネの言う通り彼女は世界を変えてしまう力を持っている。
「はい。私はアリアドネの双子の妹のカリンです。ベリオット・パレーシア皇帝陛下、夫のセルシオから建国の際にお世話になったお話を聞いて、お会いしたいと思っておりました」
「今、瀕死の状態から目覚めて気分は初代皇帝リカルドだったのだが、君の口から他の男の名を聞くのは妬けるな」
一瞬僕は自分の耳を疑った。
僕もカリンと出会った時に自分は初代皇帝のリカルドのような気分になった。
「初代皇帝リカルドとは、創世の聖女マリアンヌと帝国を築いた方ですね。『パレーシア帝国はじまりの記憶』という小説で読みました。2人の愛に感動しました。私もあのように夫を支えられる妻になりたいと思ったものです」
カリンは本人こそ気づいていないが、聖女マリアンヌの生まれ変わりなのではないだろうか。『パレーシア帝国はじまりの記憶』は帝国をいかに築いたかを初代皇帝が書いたものだ。それを読んだ時に彼女は自然と聖女マリアンヌ視点で読んでいる。
「帝国でゆっくりして行くと良い⋯⋯ここには北西諸国にはないものがたくさんある」
「そうなのですね。今日は、町を回ってみたいです。明日にはカルパシーノ王国に帰ろうかと思ってます」
カリンが頬を染めていて、可愛過ぎてどうにか何そうだ。
彼女はセルシオ国王にすぐに会いに帰りたいだろうが、このような奇跡のような力を見せられて父が彼女を帰すはずはない。
「こんな瀕死の状態を助けられて、君を手放せなくなりそうなのだが」
「いえいえ、陛下はあと1週間は生きられるはずでしたよ。それでは、私はここで失礼します」
カリンは優雅にドレスを持ち上げお辞儀をすると部屋を出ていった。
移動中の船でも思ったがカリンは学習能力がずば抜けている。
一瞬で全てを理解してしまい、僕は彼女が無自覚な天才だと知った。
そして、そんな彼女の能力を知ってはじめに思ったことは、彼女に見られたら恥ずかしいことを帝国が沢山していると言うことだ。
でも、僕は彼女に目隠しをしてでも、側に置きたいと思ってしまう。
必死にアピールしても、彼女は全く僕を好きにならない。
それでも、僕はおそらく彼女以外愛せない人間だから手放せない。
父がアイコンタクトで僕に部屋に残るように伝えている。
彼女は父を治したら、レイリンと買い物に行くと言っていた。
自分が父を治せない可能性を全く考えていない彼女は、無限の神聖力を持つと言われていた創世の聖女の生まれ変わりだ。
「ルイス、よくカリンを連れてきたな。来週にでもお前を立太子させよう。余は元々お前は皇帝の器だと思っていた。これから、カリンと共にパレーシア帝国を支えると良い」
僕は初めて父から褒められた。
それと共に、父が気分はリカルドでカリンを自分の女だとか言い出さなくてホッとした。
僕は父にカリンが隠されていた理由と、アリアドネと交わした盟約の誓いを交わした事を話した。
「ルイス、想像以上だ。その程度の支援で創世の聖女が手に入るならばいくらでも援助してやれ。シャリレーン王国は異常な信仰で創世の聖女を手放したのだから哀れなものだな。カリンの出生地をパレーシア帝国と偽装しろ、創世の聖女が生まれるのはパレーシア帝国でなければならない」
「父上、アリアドネとカリンは双子です。出生地の偽装は難しいかと」
「シャリレーン王国も聖女を捨てた国と笑いものにならずに済むだろう。それに本当にカリンとアリアドネは似ているのか? 余はカリンのような女は世界に2人と存在しないと思ったぞ」
確かに僕も、カリンを見た時アリアドネと似ているとは思わなかった。
アリアドネがシャリレーン王国の名誉を優先し、カリンの出生地を偽装することに同意することは予想できる。
(カリンの方はどうだろう⋯⋯)
カリンにアリアドネとの取引した話もできていない。
「ルイス⋯⋯何を悩んでいる。パレーシア帝国の利益を優先するんだ。お前がカリンに惚れていることは直ぐに分かった。彼女の未来にとっても、帝国の皇后になる方が良いと思うぞ」
父は僕がすでにレイリンと婚約破棄の話をすすめ、カリンを正妃として迎えようとしていることにも気がついている。
「父上、僕はカリンの気持ちを得てから、彼女に真実を話し結婚を申し込もうと思っています」
セルシオ国王を愛している彼女を振り向かせるのは容易ではないだろう。
でも、彼女の心を得ないまま、勝手に事を進めて彼女に嫌われるのが1番怖い。
「カリンを無理矢理にでも抱いてしまえ。創世の聖女とて、所詮は女。抱かれて仕舞えば情を持って、子を孕めば愛情を持つだろう」
父の言葉に初めて苛立った。
カリンの意思を無視するような真似が僕にできる訳がない。
深呼吸して苛立ちを鎮める。
ふと、創世の聖女と初代皇帝リカルドの出会いの場面を思い出した。
水浴びしている彼女に瀕死の重症だった体を治してもらい、惹かれ合うままに愛し合った2人⋯⋯。
(あれ? もしかして、体からはじまる恋だったのか?)
僕は今晩、カリンに想いを告げ、一晩だけ僕の妻になってくれないか頼んでみることにした。
(ダメ元でも頼んでみたら、案外うまくいくかもしれない)
「それからカリンが逃げ出さない確証が持てるまでは、港と国境線を封鎖しろ」
「父上! そこまでなさる事はないかと思います」
「隣に寝ているはずのマリアンヌが朝起きたらいなかった。どうやら、僕を起こさず奇襲攻撃に応戦していたようだ。戻ってきた彼女に心配をかけないで欲しいと伝えたら、彼女は寝顔が可愛くて起こせなかったと僕に口づけをしてきた⋯⋯」
父上が暗唱したのは、『パレーシア帝国はじまりの記憶』の『第3章・僕の聖女様』の一節だ。聖女マリアンヌは愛する人の為には、時には驚くようなことを1人でしてしまう人だった。
「父上、僕は必ずカリンの心を得て見せます」
僕にはカリンしかいない。
『第3章・僕の聖女様』は「恋や愛など無縁の自分が、何度生まれ変わっても愛してしまう女と出会った⋯⋯」という一節から始まる。
僕も何度生まれ変わっても、カリンの魂を追い求めるだろう。
だから、僕は今晩賭けに出てみることにした。
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