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31.どうぞ、お入りください。
私はレイリンと帝国の街に買い物に来ていた。
彼女とルイスとは名前で呼び合う程、仲良くなった。
「レイリン、帝国は何だか華やかですね」
「ふふっ。何だか、はしゃいでいるカリンは本当に可愛いですね。帝国を気に入ってくれて嬉しいです」
「2週間で来られるので、また来ますね。手紙も書きます。やはり、セルシオが心配なのでそろそろ帰ろうかと思うのです。ルイスに宜しくお伝えください」
寝巻きもお土産も買えたので、私は港の方に向かおうとした。
カルパシーノ王国行きの貿易船が夕刻に出航すると聞いていたので、乗せてもらおうと思ったのだ。
「待って! あの⋯⋯せめて1週間くらいは帝国で過ごしませんか? もっと、カリンを連れて行きたい場所があるのです」
レイリンが私の手首を掴んでくる、何だか必死に引き止められている気がした。
「アリアドネ? アリアドネに似ている気がするが⋯⋯」
向かいから歩いてきた高貴そうな方を肖像画で見たことがある。
多くの騎士を引き連れている彼はルイスの兄のクリス第1皇子だ。
「クリス・パレーシア皇子殿下に、アリアドネ・シャリレーンがお目にかかります」
私の言葉にクリス皇子は笑いを堪えていた。
「この世のものとは思えない美しい瞳だ⋯⋯アリアドネと似ているけれど、君は彼女のただのそっくりさんではないね。ここにレイリン嬢といるということは、神聖力で父上を治療しに来たのかな。無駄なことを⋯⋯」
「お父様は今、元気になってますよ。早くお部屋に行ってあげてください。可愛い息子さんとお喋りできるのを心待ちにしていると思います」
「はぁ? そんな訳ないだろ。余計なことを⋯⋯死に際の人間を回復させるなんて、君はまさか⋯⋯」
クリス皇子はそう言い残すと慌てて皇城の方に向かった。
ゾロゾロと彼の護衛騎士が後をついて行く。
黒髪の後ろ姿にセルシオを思い出して私はますます彼に会いたくなった。
今日は本当に楽しい1日だった。
無事にセルシオの恩人を治療できて、レイリンと可愛い寝巻きも買いに行けた。セルシオへのお土産に沢山美味しいお菓子を買った。
見たことのない宝石のようなお菓子は、食べたことのない食感と風味をしていた。
(パレーシア帝国はお菓子帝国だったのね⋯⋯)
お土産用に買ったお菓子も美味しすぎて、ほとんど食べてしまった。
(誘惑に勝てなかった⋯⋯明日また買いに行こう⋯⋯)
セルシオは実は甘いものが好きだ。
お菓子を食べて綻ぶ彼の口元が堪らなく可愛い。
1年間の結婚期間、毎食彼と食事をしていたので食の好みについては詳しい。
パレーシア帝国の港が、今、使えない状態になっているらしい。
理由を聞いたけれど教えて貰えなかった。
国境を超えて、隣国の港からカルパシーノ王国に帰れるだろうか。
帝国は活気や刺激があって栄えていて楽しい。
それでも、私は常にセルシオの事を考えている。
帝国がカルパシーノ王国を狙っている兆候は見られなかった。
もしかしたら、ベリオット皇帝が生き残ったことでカルパシーノ王国が攻められる未来を回避できたのかもしれない。
セルシオへの手紙を書くけれど、その手紙は陸路で運ばれるので届くのは半年後だ。
1ヶ月程で帰ると約束したのに、心配を掛けてしまいそうで不安になった。
ノックがして、下がらせたはずのメイドが入ってきた。
「ルイス皇子殿下がいらっしゃるのでご準備ください」
私が理由を尋ねる暇もなく一礼をして下がってしまう。
私は準備と言われて、思わずベッドの下に潜り時を戻す魔法陣をかいていた。
時間が経つと、実は私自身とルイス皇子を生贄にしても時を戻せるかもしれないと思うことがあった。
帝国にいると、過去の記憶のせいでセルシオともう会えなくなるのではないかという不安に襲われる。
セルシオがまだ私を好きになってないのは分かるけれど、回帰前の絶命直前に心から愛していて名前を呼んで抱きたかったと言われた事が忘れられない。
(早くセルシオと両思いになりたい!)
ルイスは人となりを知ると、とても優しくて親切な方だった。過去にセルシオを侮辱し、私を手篭めにしようとした下衆な男は本当に彼だったのかさえ思う。
トントン!
「どうぞ、お入りください」
私は魔法陣をかきながら、応えた。
思えば前回は指を噛み切り両手で超スピードで書いた。
ゆっくり書くと結構時間がかかる。
「ベッドの下に何か落としたのか? そんなものはメイドに探させれば⋯⋯」
ルイスの声がして私は慌ててベッドから出ようとした。
ゴツン!
頭をぶつけてしまって凄く痛い。
やっとベッドから出たけれど、思わず涙目になり頭を抑える。
「カリン! 大丈夫か? 心配を掛けないでくれ」
ルイスが私を強く抱きしめてくる。
なぜだかか少し懐かしい感じがする。
回帰前、突然彼に口づけをされた時も押し返そうと思ったが、気がつけば受け入れていた。
何だか彼の口づけを何度も受けて来たような慣れのような感覚があった。
(何だか不思議な感覚だわ⋯⋯)
「こんな真夜中に何か会ったのですか? まさか、怖い夢を見て眠れないとか⋯⋯」
ルイスが来ると聞いて自然と時を戻す魔法陣を書いた自分を恥じた。
彼は日々彼の人生を生きる人間なのに、私は彼をもしもの時の生贄候補と考えている。
「怖い夢なんて見ないよ⋯⋯カリン、君さえ僕と一緒にいてくれれば僕には何も怖いものなんてない⋯⋯出会った時からずっと君が好きだった。今晩だけで良い。僕の妻になって欲しい」
私の頬に手を添え、目を瞑り唇を近づけてくる彼に衝撃を受けた。
前回、未亡人の私を上から高圧的に私を抱こうとしてきたルイス。
今回は人妻の私に下から懇願するように私を抱きたいと願うルイス。
時を戻して全く違う行動をとったはずなのに、なぜか同じ結果になっているような気がした。
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