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32.無防備過ぎだよ⋯⋯カリン⋯⋯。
「そんな事は絶対しません」
僕はカリンに両手で押し返されて、肩を落とした。
(そうだよな⋯⋯君が好きなのはセルシオ国王だ⋯⋯)
「カリン⋯⋯僕が君を心から愛している事は忘れないで」
絞り出すように気持ちを再び伝えたが、明らかに彼女は困った顔をしている。
「ルイスくらいの年頃の子は、私のように年上の大人の女性に憧れるものです。そういう大人なことに興味が出て来てしまうのも分かります」
カリンが自分を大人の女性と言っていて思わず吹き出しそうになった。
彼女は僕より2歳年上だが、子供のように純粋で可愛い子だ。
「僕が興味あるのは、カリンだけだよ。君以外の女性に興味を持った事はないし、これからもそうだと思う。何度生まれ変わっても、君しか愛せないのが僕なんだと思う」
なぜだか、カリンに会ってから確信のように持っていた思いを彼女に告げた。彼女はますます困ったような顔になった。
「ルイス、手を出してはいけない女性がいます。それは人妻です。それから、夫を亡くしたばかりの未亡人にも手を出してはいけません」
彼女はまだ自分がセルシオ国王と結婚していると思っている。毎日のように彼の話をする彼女を見て僕は結局本当のことを告げられていない。
(本当のことを告げたら、絶対に悲しませる⋯⋯)
僕を好きになって貰ってから、本当のことを告げようと思ったが一向にその時が来ない。
「カリン、僕は君となら一緒にいるだけで、話をできるだけでこれ以上にないくらい幸せなんだ」
「私もルイスと話すのは楽しいです。せっかく来たのだがら今日は朝までお話ししませんか? 明日にはカルパシーノ王国に帰ろうかと思っているのです」
「港も今使えない状態だし、もっと帝国でゆっくりしたら良いのに⋯⋯」
自分で言っていて白々しくて呆れた。
僕が彼女を帝国から逃がさないように港の使用を止めている。
「でも、セルシオが私が帰って来ないと心配すると思うんです。明日、お土産のお菓子を買い直したら、国境を超えてチリナ王国の港から帰ります」
父上に言われた通り、国境を封鎖して正解だった。
ふとサイドテーブルに置いてあるお菓子の箱を見ると、24枚入りのクッキーが残り1枚しか残ってなかった。
(お土産用に買ったのに、食べてしまったのか⋯⋯)
「カリン、帝国には他にも美味しいものが沢山あるから、もう少しここに残らないか?」
「確かに、このふわふわのクッキーを焼いた方は天才ですね」
可愛く微笑んだカリンが箱に入った残り1枚のクッキーを僕の口に放り込んでくる。
(甘いようで⋯⋯ほろ苦い⋯⋯)
僕とカリンはベッドに並んで座ってそれから沢山の話をした。彼女のくるくる変わる表情を見ているだけで楽しくて、声を聞いているだけで胸がいっぱいになった。
「無防備過ぎだよ⋯⋯カリン⋯⋯」
カリンは話しながらうとうとしてきて、僕にもたれかかって寝てしまった。
彼女をお姫様抱っこしてベッドに横たわらせる。
(寝顔、天使みたいだな⋯⋯)
ふと、ベッド下にカリンが潜っていたことを思い出して、僕はベッドの下を覗いでみた。
「時を戻す⋯⋯魔法陣」
僕は一瞬息が止まりそうになった。
聖女は魔術が使えて、その中でも複雑な魔法陣で生贄まで必要とする時を戻す魔術がある。
生贄に必要なのは聖女と魔力を持った人間。
つまり、カリンは僕と自分自身を生贄にする事で時が戻せてしまう。
「無防備なのは、僕の方だな創聖の聖女様⋯⋯」
ひどく虚しい気持ちになって泣きそうになった。
彼女は僕が来ると聞いて、ベッドの下に魔法陣を描いたのだろう。
きっと、それは初めてではない。
彼女はきっと時を戻したことがある。
父が後1週間は生きるはずだったと彼女が発した言葉に、僕は違和感を感じていた。
おそらく過去に僕はカリンの神聖力を見ることがなく、アリアドネを帝国に連れて来たのだろう。
カリンに一目惚れしたとしても、父を治療する目的を考えれば僕はアリアドネを帝国に連れて来たはずだ。
捨てられて孤児院という過酷な環境で過ごしたカリンの神聖力が残っているとは思ってなかった。
その後、アリアドネの神聖力は残っていなくて、父は死亡した。
自動的にクリスが次期皇帝となったのだろう。
神聖力がなくなり聖女でなくなったアリアドネなど、シャリレーン王国に返してやれば良い。
彼女と関わる程、彼女はシャリレーン王国に戻り祖国再建の為だけに生きてきた女だという事は分かるはずだ。
しかし、女好きのクリスが彼女のような美女を手放す訳がない。
僕はきっとクリスを引き摺り下ろして自分を皇帝にすれば彼女をシャリレーン王国に戻すという交渉をしてそうだ。
彼女には3カ国の君主を引き摺り下ろした実績がある。
その後、僕はカリンが強い神聖力を持っているという報告をカルパシーノ王国に仕込んでいる密偵から受けたのだろう。
多分、僕はカルパシーノ王国にカリンの引き渡しを求め断られている。
過去の自分も今のような運命的な恋をカリンにしているかもしれない。
おそらくカリンを無傷で奪う為、自らカルパシーノ王国に赴いた。そして、彼女を帝国に連れ帰るも心が得られず、体からはじまる恋に期待して彼女を無理矢理抱こうとした可能性がある。
(その結果、生贄にされたのか⋯⋯僕が過去に卑劣なことをしようとしたとカリンも言っていたな⋯⋯)
彼女は僕が必死に彼女の心を諦めようとしても、全く諦められない苦しみなど知る由もないのだろう。愛するセルシオ国王の為なら僕の命などどうでも良さそうだ。
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