79人が本棚に入れています
本棚に追加
34.カリン、とっても甘そうだ⋯⋯。
ルイスは私を自分の執務室に案内すると、本棚から青い本を一冊抜いた。
本棚が動いて、その下から地下に続く階段のようなものが見える。
驚きのあまり声を出そうになったところを、彼に口を抑えられた。
(そうだ、今、ルイスは皇帝の命令に逆らって私を逃がそうとしている⋯⋯)
階段の下は大きな歩行空間になっているようだった。
遠くに水の流れる音が聞こえる。
皇城から海まで繋ぐ秘密の道があるということだ。
(真っ暗でほとんど何も見えない⋯⋯少し怖い)
ルイスは右手で私の手を繋いでくると、左手で小さな赤い炎を出した。
その炎でほんのり周囲が明るく見えてくる。
彼は火の魔力を持っている人だからだろうか、手がとても温かくて安心する。
「カリン、もう声を出しても大丈夫だよ。ここは皇族しか知らない隠し通路だ」
「そうなんですね⋯⋯」
ルイスともう会えないかもしれないと思うと寂しい気持ちになった。
彼が自分に好意を持っていることに、いつからか気がついていた。
それでも、私は彼とレイリンをくっつけようとしていた。
どこまで彼は私の気持ちに気がついて、傷ついて来たのだろう。
「カリン、セルシオ国王が君を迎えに来ているって情報が入ったよ。それと、君はカルパシーノ王国に戻ったら、そのままシャリレーン王国に出向くと良い。君はアリアドネのことを気にしていたよね。彼女は見ていられない程、国の為に生きていて誰も頼れない人だ⋯⋯この手紙を持って彼女の元に行って、君の願いも彼女の願いもきっと叶うから」
「アリアお姉様の願いと、私の願い⋯⋯ルイス、ありがとうございます」
私はルイスから渡された手紙を握りしめた。
姉と私の願いを叶えてくれるという彼に、私も彼の願いを叶えると返してあげられない。
彼の願いは私と一緒にいることだと聞かなくても分かっている。
時を戻す前、大して彼のことを知らないのに彼と姉を自分の敵と決めつけてしまった。
生贄にされた事実を知ってもなお、私の意思を尊重してくれる彼が敵とは思えない。
歩いて行くと光が差し込んできて出口が近いのがわかった。
ルイスがそっと自分の左手の炎を消す。
「ほら、僕は火の魔力を完全にコントロールできるって分かった?」
「はい。私も神聖力のコントロール方法を学びたいです。お父様のことも、元気にし過ぎてしまったということですよね⋯⋯」
「まあ、そうかな⋯⋯しばらく、皇位は譲ってもらえなそう」
ルイスが微笑みかけてきて、私は胸がいっぱいになった。
隠し通路を抜けると、セルシオが私を待っていた。
「セルシオ! 会いたかった」
私は気がつけば彼に抱きついていた。
「カリン、心配した⋯⋯君に何かあったらどうしたら良いのか」
私を愛おしそうに抱いてくれるセルシオを抱きしめ返す。
「セルシオ国王陛下、カリンを父上を治療するのにお借りしました。しかし、カリンの力は人の欲望を引き摺り出すような恐ろしい力です。父上の1面を見ただけで全てを見たと思わず、1番愛おしい人を守ってください」
ルイスが頭を下げていて、私は彼に駆け寄って私の為にそんなことをしないで欲しいと訴えたくなった。
自分でもなぜだか分からないが、私はルイスが人に頭を下げたりするのを見たくない。
「ご忠告とカリンを見送ってくれたことに礼を言います」
セルシオが私を抱く力を強くする。
私は緊張で固まってしまった。
私には彼との1年の結婚生活の記憶がある。
しかし、彼にとって私は5日だけ自分の妻だった女で、身分まで偽っていた女だ。
ルイスが隠し通路の出口に待機していた侍従から受け取ったお土産を渡して来る。
私が昨晩食べ切ってしまったクッキーが30箱入っていた。
私は私をじっと見つめるルイスから目が離せないままに、案内されるがままに小さな船に乗った。
その後、パレーシア帝国の紋章のついた速そうな船に乗り継いだ。
セルシオと私は豪華な客室に案内され、フカフカの赤いソファーに並んで座った。
「セルシオ、こんな遠くまで迎えに来てくれたのですか? 嬉しいです」
「カリン⋯⋯君が心配で気が狂いそうだった。帰ったら、正式に俺の妻になってくれ」
私の頬に手を添えてくるセルシオに胸の鼓動が死にそうなくらい早くなる。
私はとにかく気持ちを落ち着けながら、彼のプロポーズに頷いた。
「ど、どうしたのですか? そ、そういえばお土産のクッキーを食べますか? 帝国のお菓子はすごく美味しいですよ」
「カリン、君の方が美味しそうだ⋯⋯」
船に乗ってからセルシオの様子がおかしい。
今、私たちは船の中の部屋に2人きりだ。
私の知っている彼は私を含めて女性に対してはクールな印象だった。
だからこそ、彼が死に際に私に愛を語ってきた時には驚いた。
こんなに甘い彼は見たことがなくて戸惑ってしまう。
(まさか、死期が近いんじゃ?)
セルシオは時を戻す前、口づけしてくれたのさえ死に際だった。
「実はレースの可愛い寝巻きも買ったんです。これを着た私もお土産ですよ⋯⋯」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
ただ、いつになく色っぽいセルシオに応戦しようとして変なことを言ってしまった。
「カリン、とっても甘そうだ⋯⋯」
気がつけば私はセルシオに口づけをされていた。
(これ、セルシオが死に際にやっとしてくれた口づけ⋯⋯)
私は思わず自分を抱きしめてくる彼にしがみついた。
彼らしくない事をされると不安で堪らなくなる。
(今度こそ、彼を守り抜いて見せる)
気がつけば彼にお姫様抱っこされて、私はベッドの方まで連れて行かれていた。
最初のコメントを投稿しよう!