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36.どうして君はそんなに俺が好きなの?
パレーシア帝国の聖女崇拝を考えれば、彼女を囲い込むことだって予想できたはずだ。
城内でパレーシア帝国の騎士と決闘をした際には、首を途中まで切ったのに神聖力で一瞬で傷を消したと聞いていた。
その報告を聞いた時に、俺は彼女が俺を侮辱されて怒ってくれた事と、帝国の騎士をも圧倒する剣技を持っていることばかりに注目してしまった。
「隣国の港に船をつけて、帝国入りしよう」
「それが⋯⋯帝国が国境を封鎖しているようです」
耳を疑うような報告が続く。
パレーシア帝国はカリンを逃さない為に、他国との国交まで断とうとしているのだ。
でも、帝国がそこまでするという事はカリンは俺の元に帰りたがっているということだ。
だったら、国境を封鎖している騎士を斬り殺してでも俺はカリンを取り戻しにいく。その後、国際問題になるかもしれなくても、そんな事はその時考えれば良い。
国王になった時に、国民を背負う責任を感じた癖に1人の女の為に自分勝手な行動をしようとしている自分に呆れた。
「セルシオ国王陛下にお目にかかります。ルイス皇子殿下から、カリン様を引き渡したいとの事です。どうぞ、こちらにおいでください」
ノックと共に現れたパレーシア帝国の紋章をつけた従者が俺に挨拶をする。
名も名乗らぬ灰色の髪をした彼は、いかにも影の仕事を専門にしていそうな特徴のない風貌をしていた。
そもそも、俺がこの船に乗っている事がパレーシア帝国側に漏れているのが不思議だ。カルパシーノ王国は建国の時にパレーシア帝国の人間を中枢に雇っているから、そこに密偵がいるのかもしれない。
正直、今目の前にいるパレーシア帝国の従者を信用して良いのかも分からない。それでも、カリンに会えるかもれないと思ったら従者について行っていた。
小さな船に乗ったまま、洞窟のようなところに連れて行かれる。
もしかしたら、多くの軍勢が待機していて俺を殺しに来るかもしれない。
海の水が途切れたところで、船を降りると空洞は帝国の陸地の方にずっと続いているように見えた。
真っ暗な空洞の奥から、優しく澄んだ声が聞こえる。
足音と共に近づいてくるその声は愛おしいカリンのものだ。
そして、よく通るルイス皇子の声も聞こえた。
この空洞は帝国の隠し通路という事だろう。
そのような最高機密とも言える通路使わなければ、カリンを逃せられないということは港の封鎖はベリオット皇帝の命令かもしれない。
「セルシオ! 会いたかった」
暗闇の中から現れた、太陽のような瞳を持ったカリンを見た途端、思いっきり抱きしめていた。
知らない間に、彼女が自分にとって誰より愛おしい存在になっていた。
「セルシオ国王陛下、カリンを父上を治療するのにお借りしました。しかし、カリンの力は人の欲望を引き摺り出すような恐ろしい力です。父上の1面を見ただけで全てを見たと思わず、1番愛おしい人を守ってください」
帝国の皇子が国王とはいえ小国の元奴隷の俺に頭を下げている。
俺はルイス皇子が心からカリンを愛していて俺に託したのだと思った。
小舟で再び案内された先には、パレーシア帝国の最新鋭の船が用意されていた。
追手が来たとしても、追いつけないような船ということでルイス皇子が用意した者だと船長が言っていた。
パレーシア帝国の港は、カリンの乗った船が帝国の領海を抜ける2日後に再開するらしい。
船内の部屋にカリンと2人きりになる。
妹のように見えていた彼女が女のように見えてきて自分でも戸惑っていた。
でも、確かに俺は5日しか過ごしていない彼女のことを想い続けていた。
「カリン⋯⋯君が心配で気が狂いそうだった。帰ったら、正式に俺の妻になってくれ」
俺のプロポーズにカリンは顔を真っ赤にして狼狽えながらもうなづいてくれた。
そして、俺にクッキーが美味しいと差し出してきた。
「カリン、君の方が美味しそうだ⋯⋯」
思わず漏れた自分の本音に笑いそうになる。
色気や俗的なものを一切感じさせない清らかなカリン。
そんな彼女に手を出そうとしている欲深い自分。
カリンが明らかに下がり眉で、戸惑っているのが分かる。
気がつけば俺は彼女に口づけをして、部屋のベッドに押し倒していた。
「セルシオ! これ以上は心臓がおかしくて死にそうです」
見下ろしたカリンが小刻みに震えながら、息も絶え絶えに苦しそうにしている。
俺はこんな天使のような子に欲情して、神々の怒りをかうのではないかという罪悪感に襲われた。
「カリン、正式に君を妻にするまでは何もしないから安心してくれ」
「いえ、全ては私の問題です。私は『絶倫皇子の夜伽シリーズ』で契りについて学んで来たのですが実践経験がないゆえに怖気ついただけの臆病者なのです!」
俺は彼女が顔を真っ赤にして訴える言葉に絶句してしまった。
なんだか彼女は物凄い過激なタイトルの小説を読んでいたようだ。
(孤児院にそんな破廉恥な本を寄付するとは⋯⋯)
俺は彼女に手を出すのは、その本に目を通してからが良いだろうと結論づけた。
彼女に「こんなものか⋯⋯」と幻滅されてはいたたまれない。
「カリン、どうして君はそんなに俺が好きなの?」
俺は彼女を抱き寄せながら、その太陽のような瞳を見つめ最大の疑問を尋ねた。
俺の幸せの為に生き、何度、時を繰り返しても俺の妻になりたいとまで言ってくれたカリン。
女神のような彼女に泥水を飲んできた自分が惹かれる理由はわかっても、彼女が自分を求めている理由が分からない。
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