38.アリアお姉様、お会いしたかったです。

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38.アリアお姉様、お会いしたかったです。

 私が時を戻す前も、ルイスは私を好きだったと思うと確信めいた表情で語っていた。  私はセルシオを失った後は、この世界に興味がなくなっていた。  再三、対話を求めてくるルイスのことを無視し続けた。  そして私自身が寝室で彼に献上されると知った日。  ルイスはセルシオの首を持って楽しそうにしていた。  私は彼を最低なクズ男と思い生贄にした。  でも、ルイスの人となりを知った後では、もっと彼と話すべきだったと思う。  私は移動中の船で2週間セルシオの首を離さなかった。  きっと、ルイスはそんな私を哀れに思い、城門にかけられる前のセルシオの首を持ってきてくれたのだ。  そして、彼の高圧的な態度や発する言葉は私が愛読した『絶倫皇子の夜伽シリーズ』の主人公にそっくりだった。  彼はカルパシーノ王国に密偵も潜ませているようだった。  姉が私の会話を盗聴していたことも知っていた。  私の愛読書についても知っていたかもしれない。    私の事が好きで仕方ないのに、対話もできなくて彼は私の好みを絶倫皇子のような男と勘違いし演技をしていた可能性がある。  いつも、私を見るだけで顔を真っ赤にしてしまうようなルイス。  きっと自分とはかけ離れた演技をしている自分に笑えてきてしまっていたのだろう。  彼の複雑な感情など考えずに、私は勝手に彼を最低な愉快犯のように決めつけた。  あの時の私はセルシオのことしか考えていなくて、生贄候補であるルイスを悪者にする事ばかりに気を取られていた。  本当は、ルイスの口づけが言動とは裏腹に優し過ぎることに気がついていた。  過去のルイスが本当は何を考えていたか知りたくても、それはもう叶わない。  対話の機会を拒絶し、彼の存在する世界の時を切り捨てたのは私だ。  私は本当に清らかな慈悲の心を持つという聖女とは程遠い存在だ。  せめて、隣にいるセルシオだけでも幸せにできる存在になりたい。    私とセルシオはカルパシーノ王国に到着するなり、すぐにシャリレーン王国で行われる姉の戴冠式に向かった。  シャリレーン王国に到着すると、すれ違う人間が皆私の姿を不思議そうに見ていた。  今日、この国の女王になるアリアドネ・シャリレーンと似ているからだろう。    シャリレーン王国の王宮は、宗教色が強いのか紫色と黄色という変わった配色をしていた。  そして、王宮で働く人たちもメイド服ではなく、皆、紫色に黄色のラインが入ったロングスカートのような服を着ている。  セルシオと私が通ると、膝を曲げて、両手を胸に手をあてお辞儀をしてくる。  そのお辞儀の仕方も独特で、他国とは全く違う文化を持っているようだ。  この国で14歳まで育った姉が、他国の礼法を完璧に身につけて優雅に振る舞っていた事に気が付かされる。 「セルシオ・カルパシーノです。本日はお招き頂きありがとうございます。アリアドネ女王陛下はどちらにいらっしゃいますか? 少しお話しできればと存じます」  セルシオの存在を確認すると姉がいるという控え室に案内された。。  純白のウェディングドレス姿で紫色の王冠をかぶっている姉は息を呑むほど美しかった。    淫猥で寝台で君主を惑わせてきた悪女⋯⋯そんな彼女はどこにもいなかった。  清廉潔白、一点の曇りもなく国の未来を見据える君主の瞳。  その清らかさに、私は自分が神なら彼女に神聖力を授けるだろうと思った。 「アリアお姉様、お会いしたかったです」  私は彼女を抱きしめ、ありったけの神聖力を送った。 「温かいわね⋯⋯」  柔らかく微笑む姉が美しい。  彼女のことも私は理解できていなかった。    彼女が本当に望んでいるのは、シャリレーン王国の再建だ。    それなのに、3カ国を滅ぼしてきた彼女を悪女であると私が決めつけていた。  だからこそ、カルパシーノ王国が滅ぼされそうになった時に彼女が暗躍していると決めつけた。  実際、過去の彼女がどう思っていたかなんて私には分からない。  でも、今美しく清らかな彼女が本当のアリアドネ・シャリレーンなのだと思う。 「アリアお姉様、実は帝国のお土産があるんです。パレーシア帝国は本当にお菓子帝国でした」 私はお土産のクッキーを1箱出すと、思わず美味しそうで手が伸びて1つ食べていた。 (美味しすぎる⋯⋯止まらなくなりそうだわ)  ルイスは本当に私を理解している。  彼は30箱お土産に渡してくれたが、これが最後の1箱だ。  私はとても誘惑に弱い女だった。  姉にも帝国のお菓子を食べさせたいのに、1日1箱は気がつけば食べ終わってしまっていた。 「お土産だったんでしょ。どうして自分で食べるのよ」  姉が笑っている。  私は彼女の笑顔を見るのが初めてで思わず見入ってしまった。 (本当に綺麗な笑顔⋯⋯ずっと見たかった⋯⋯) 「甘い⋯⋯本当に美味しいわ」  姉は目に涙を浮かべながら、クッキーを頬張っていた。  孤児院に寄付をし続けたことのお礼を言いたいのに、泣きながらクッキーを食べる姉の前にして言葉が出ない。    それに、姉がどんな気持ちで両親の名前をもじって孤児院に寄付していたのかも私には分からない。  姉が自分の名前ではなく、彼らの名前を使ったことにはきっと意味があるはずだ。  でも、その意味を聞いてしまうと姉がますます泣いてしまいそうで聞けなかった。  今日は姉の戴冠式でもあるが、結婚式でもある。  きっと、女の子が一番綺麗で幸せな日だから、姉に辛いことを思い出してほしくはないと思った。
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