4.私はアリアドネ・シャリレーンです。

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4.私はアリアドネ・シャリレーンです。

「全部⋯⋯燃えちゃった⋯⋯」  泣き出す子供たちが、可哀想で私は胸が詰まった。  子供たちとやっとの事で孤児院の建物から出た。  間一髪といったところか、今、屋根から孤児院の全てが焼け落ちた。 「みんなが生きていることが大事だよ」  私は手に神聖力を込め、子供たちの火傷を治していく。  目が眩むほどの光を発し、火傷の跡は一瞬で消えていった。 「カリン⋯⋯神聖力が使えるの?」  ミレイアが驚いたような顔をして私を見つめている。  確かに私が回帰前に神聖力を使い方を覚えたのは、セルシオの元に嫁ぐ前だ。  姉が自分のフリをさせる為に、私に神聖力の使い方を教えた。  元々この体に宿っていた力だが、私は使い方を知らなかった。  世界に1人現れるかの貴重な神聖力が使えることは、替え玉ではなくアリアドネである証拠となる。 「孤児院⋯⋯なくなってしまったのね。残念だわ。居場所も無くなってしまったようだから、セルシオ・カルパシーノの元へ行くしかなくなってしまったんじゃない?」  後ろから艶やかな声が聞こえてきて、振り返ると口元に笑みを讃えたアリアドネがいた。 (まさか、この火事はアリアドネが? 過去にもこうやって孤児院を燃やしたりしたの?) 「そうかもしれませんね。私、この子たちも連れて王宮に行こうと思います」  私は怒りで唇が震えるのを抑えながら言葉を紡いだ。 「それはダメよ。あなたは孤児院育ちのカリンではなくて、王女アリアドネとしてセルシオ・カルパシーノに嫁ぐのよ」 「私は寝台で男を惑わす悪女アリアドネの評判を変えたいのです。居場所をなくした孤児の子たちに住まいを与える慈悲深い聖女アリアドネ⋯⋯素敵だとは思いませんか?」  私は自分でも棘のある言い方をした自覚があった。  子供たちも私がいつもと様子が違うことに気がついて、私の服の裾を心配そうに掴んでくる。  孤児院の子たちには読み書きも教えてある。  素直で良い子ばかりだし、セルシオならば彼らを受け入れてくれると私は確信していた。 「ふっ、結構ないいようね。男を惑わすことが出来てから、私にそんな口を聞くのね。神聖力も使えるようだし、すぐにでも王宮に行ってらっしゃいな」  どうやら私は姉の地雷を踏んだようだ。  過去には姉が丁寧に、神聖力の使い方だけでなく礼法を教えてくれた。   「では、その隣にいるアリアお姉様の想い人という設定にしている騎士を連れていきます。騎士を1人も連れず王宮に出向いては流石に怪しいですから」 「どうぞご自由に!」  茶色の髪に緑色の瞳をしたその騎士は姉に軽く会釈をすると、私の隣に来た。 「ケントリン・モンスラダと申します。これより、カリン・シャリレーン王女殿下にお仕えさせて頂きます」 「私はこれより、アリアドネ・シャリレーンです。間違えないようにしてくださいね」  生まれて捨てられた瞬間から、ただのカリンとして生きてきた私を王女扱いする騎士。おそらく、彼は姉がシャリレーン王国にいた時から仕えていたのだろう。  彼から姉の話を聞けるかもしれない。  前世で私の夫を陥れ、孤児院を燃やしたかもしれない姉。  彼女への復讐心でいっぱいだったが、私は本当は彼女を理解したいと思っていた。彼女を憎まないで済む理由を探していた。 「みんな、今から王宮に行くよ。今日はあったかい場所で安心して寝ようね。だから、もう泣かないで」  私が孤児院の子たちを宥めてると、姉がクスクスと笑い出した。 「ちょっと待ってよ。世界一美しいと言われるアリアドネ・シャリレーンとして王宮に行くのに、そんな格好で行くの? せめて身だしなみを整えてから行きなさいな。それからこの指輪もつけた方が、よりアリアドネだと疑われないわ」  姉がサッと盗聴魔法がかかっているゴールデンベリルの指輪を私の左手の中指に嵌めてきた。  この指輪も前もって危険なものだとわかってれば、うまく利用できるかもしれない。 「私の方で上手くやるのでご安心ください」  私は姉に背を向け王宮に急いだ。  子供たちに、私のことを「アリアドネ様」と呼ぶように言い聞かせる。 「カリンはセルシオ・カルパシーノ国王陛下と結婚するの? 好きでもない男と結婚するなんてやめろよ」  ませたことを言うマリオが可愛くて仕方がない。 「私はセルシオ・カルパシーノをもうずっと前から愛しているのよ。だから、彼の妻になれるのは私にとって幸せな事なの。マリオ⋯⋯私のことを好きになってくれてありがとね」  私の言葉に赤くなってマリオが押し黙った。  王宮への道は孤児院から歩いても1時間もかからない。  小さな家庭のような王国カルパシーノを、今度こそセルシオと守り抜きたい。 「モンスラダ卿⋯⋯私に言いたい事があったら何でも言ってください。私は、貴方の話を聞きたいと思ってます」  無言で私たちを先導するモンスラダ卿は不思議な人だ。  誰もが姉が現れると蕩けるような目で彼女を見ていた。  そんな中、彼だけは無表情で自分の職務に集中しているように感じた。 (姉が彼に恋をしていたのは嘘でも、もしかしたら一番信頼している人だったのかも⋯⋯) 「アリアドネ様⋯⋯私は、シャリレーン王国の王族に仕える騎士です。私が意見することなど烏滸がましいことは重々承知です」  彼が無表情で言う言葉に私は思わず吹き出しそうになった。 「言いたいこと沢山ありそうですね。もっと仲良くなって、貴方が沢山私に話をしてくれるように頑張らなきゃいけませんね」  私の言葉が意外だったのか、無表情の彼の驚いた顔が見られた。 ♢♢♢  城門を守る当番の1人はセルシオに似ていることが自慢のカンテスだった。  あの日、息絶えた彼の首を切ってセルシオに偽造してしまおうと私は考えた。自分の残酷な考えに鳥肌が立つ。  私はセルシオの事となると理性を失うのだと改めて思い知らされた。  子供たちは眠いのか、城壁の高さに緊張しているのか皆無言になった。 「アリアドネ・シャリレーン王女殿下であらせられますか?」  私を見てカンテスが戸惑った顔をしている。  アリアドネと身体的特徴が似ていても、見窄らしい格好をしている私に疑問を抱いているのだろう。  思えば姉は結婚こそ3度しているが、正妃として迎えられた事がない。  それゆえ、今回の結婚で初めてアリアドネ・カルパシーノと名前が変わる。  シャリレーン王国は君主が不在で国こそ力を失いながらも残っている。  シャリレーン王国は宗教国家と言った方が良いほどに、王族は教祖として神のように崇められる。  直系のみが王位を継承できるので、現在、王位継承権を保持しているのはアリアドネと私のみだ。  実質、私は捨てられているので、アリアドネのみが王位継承権を持っていると言った方が正しいだろう。  私と違いシャリレーン王国の姫として育てられた姉は、シャリレーンという名にも誇りを持っていたのかもしれない。 「はい、私はアリアドネ・シャリレーンです。結婚式は5日後だとは分かっています。でも、明日から建国祭ですよね。セルシオ・カルパシーノ国王陛下のパートナーとして少しでもお手伝いがしたいと思って早めに王宮入りしたいのです。道すがら孤児院の火事を見かけて子供たちを保護しました。夜も遅いし入れて頂けますでしょうか」  私の言葉と共に城門が開く。  結婚式は建国祭の最終日に行われる。  回帰前の私は結婚式当日まで、姉の教育を受けてからこの門を潜った。 「カリン、本当に王女様なのね」 「ミレイアってば、カリンって呼ばないように注意しなきゃでしょ。慣れない場所で大変だと思うけれど、何か不都合なことがあったら直ぐに私に言って」  耳元で囁いてきたミレイアにそっと小声で返した。 「こんな時間に城門が開くのが見えたから来てみたのだが、何かあったのか?」  ずっと聞きたかった愛おしい声に前を見ると、そこには会いたくて仕方がなかったセルシオがいた。 「セルシオ・カルパシーノ国王陛下に、アリアドネ・シャリレーンがお目にかかります。本日からお世話になります」  裾が少し焼けてしまったネグリジェを少しを持ち上げながら挨拶をする。  自分でも驚くほど声が震えているのが分かった。    
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