5.俺は君を正妃として迎えるつもりだ。

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5.俺は君を正妃として迎えるつもりだ。

 カルパシーノ地方に生まれた俺、セルシオは8歳の時に隣国の独裁国家エウレパに囚われ奴隷として過ごした。  物心着く頃には両親は他界していて、周りの年長者から様々な事を学んで生きてきていた。  そんな8歳のある夜更けに俺は仲間たちと共に攫われた。  エウレパは独裁国家である上に閉鎖された国だ。  エウレパ王国内は想像以上に発展していて、カルパシーノ地方では得られなかった知識が得られた。  奴隷として捉えられていたとはいえ、隙を盗んでは書物を読み漁った。  騎士の剣術を見ては、仲間たちと技術を盗み棒切れで剣術の腕を磨いた。  オーラという力を増強するような能力が使えるようになり、俺は棒切れでも正規の騎士を倒せる程の力を身につけるまでになった。  13歳の時、仲間たちとエウレパ王国を脱出してカルパシーノ地方に戻ってきた。  そこから、エウレパで盗み得た知識を元にカルパシーノ地方の商業を発展させ、学校を創設し子供たちに読み書きを教えた。  カルパシーノに住む人間を攫い人身売買を行うエウレパ王国から、仲間たちを守るのは容易なことではなかった。  そんな俺にカルパシーノを国にして国王になることを助言し、手助けをしてくれたのがベリオット・パレーシア皇帝陛下だった。  銀髪に青い瞳をした彼は、一目で高貴生まれの人間だと分かる見た目をしていた。  船ではるばる遠い帝国から、北西諸国を視察にしに来た彼はカルパーシーノ地方のエメラルド鉱山に目をつけた。 「セルシオ、そなたは余に騙されていると思っているな。この土地のエメラルドを根こそぎ奪おうとパレーシア帝国が企んでいると考えているだろう」  彼はまるで心が読めるかのように俺の考えを言い当てた。 「否定はしません。皇帝陛下、このエメラルドで生計を立てている者もおります。宝石の加工までこちらで致します。どうか正式に取引をして頂けませんでしょうか」  採掘し、加工し、宝飾品として隣国に売り払う。そこには多くの仲間たちが関わっている。帝国の軍勢がこの地にきて、根こそぎ資源を奪われてしまってはたまらない。 「エメラルドの質も、加工の技術も素晴らしい。でも、余が最もこの地に来て感嘆したのはこの国の民だ」 「国の民?」 俺は皇帝陛下が、カルパシーノ地方を国と言った事が気になった。 「そうだ。この国の民は勤勉で実直な者ばかりだ。皆が王を敬い。ここには国民を憂う王がいる。セルシオ、そなたは王の器だ。余はカルパシーノ王国と正式な貿易協定を結ぶことにした」  俺は、19歳でセルシオ・カルパシーノになった。 ♢♢♢  資源が豊富なことと、勤勉な国民性もありカルパシーノ王国はあっという間に豊かな国となった。しかし、長期に渡りカルパシーノ地方から奴隷を調達していたエウレパ王国は人攫いをやめなかった。  1ヶ月もあれば国を周遊できてしまう程度の大きさのカルパシーノ王国。この小さな国の民を俺は家族のように思っていた。  そんな大切な家族を攫い奴隷として扱うエウレパ王国は対話のできない国だった。  そして俺たちは囚われた仲間たちを助け出すためにエウレパ王国を攻めた。  できれば戦争を起こすことは最終手段にしたかった。   「エウレパ国王! 投降しろ!」  エウレパ王国の城の構造は勝手知ったるものだった。  俺たちは奴隷を解放することに成功した。  灰色の髪をしたエウレパの近衛騎士団長を捉えると、あっさりと他の騎士たちは投降してきた。 「無駄ですよ。カルパシーノ国王陛下⋯⋯エウレパ国王陛下は悪女アリアドネに夢中で、政務ほったらかして寝所に篭ってます。この非常時に、何のご指示も出してくださらなかった」  灰色の髪をした近衛騎士団長は何もかも諦めたような目で俺に囁いた。  あっさりエウレパ王国が落とせてしまったのも、この国の騎士たちに覇気がなかったからだ。 (アリアドネ⋯⋯アリアドネ・シャリレーンか⋯⋯) 「なんかすごいですね。今、国が滅びようとしている時にまぐわってでもいるんでしょうか。どうやら、噂通りの傾国の悪女みたいで⋯⋯これで、彼女が滅ぼしたのは3カ国目ですよ⋯⋯陛下は彼女を娶ったりしないですよね」  カルパシーノ王国で騎士団長を任せているアルタナが不安げな顔で俺を見つめてくる。  今、明らかに俺たちがエウレパ王国を滅亡させた。  それなのに、俺も含め誰もがエウレパ王国のあっさりとした幕引きにアリアドネの影を感じている。  エウレパ城は奴隷時代に勝手知ったる場所で、俺はまっすぐにの王の寝室に向かった。  まるで待ち構えていたかのように、扉が開く。    扉を開けたのは返り血を浴びた茶色い髪に緑色の瞳をした無表情の騎士だった。  片手には忘れもしない長年恨んだエウレパ国王の首があった。    「セルシオ・カルパシーノ国王陛下に、アリアドネ・シャリレーンがお目にかかります」  艶やかな手入れの行き届いたピンクゴールドの髪に琥珀色の瞳。  絶世の美女と言われるアリアドネ・シャリレーンは見惚れるほど美しい動作で挨拶をした。   「手土産にエウレパ国王の首をお持ち致しましたわ。陛下のような生まれの方が、私の子宮にまで手が届くなんて本当に男性の人生って夢がありますわね」  とても優雅に卑猥なことを言うアリアドネの瞳は、恐ろしく美しいと同時に深淵に引き摺り込むような暗さを持っていた。  彼女は当然のように、俺が彼女を娶ると思っているらしい。  シャリレーン王国は他国と国交を持たない、宗教国家だった。  特殊な宗教を信仰している為、他国も侵略したりしようとはしなかった。  しかし、ルネバ国王は美貌のアリアドネの母親に目をつけた。  シャリレーン王国には当時騎士団さえなかったらしい。  彼女の父親であるシャリレーン国王は自ら生き抜く為、ルネバ国王に美貌の妻を差し出した。  ルネバ国王は、暴君で有名だった。おそらく彼女は散々弄ばれた上に死んだのであろう。  そして、当時、力を持っていたルネバ王国を恐れて次に差し出されたのが神聖力を持つ14歳のアリアドネだ。  アリアドネはルネバ国王の側室におさまった。その1年後、ルネバ国王は不審死を遂げ国内が混乱した。  弱体化したルネバ王国はバルトネ王国に滅ぼされ、アリアドネはバルトネ王国に引き渡された。  バルトネ王国では側室が全員不審死を遂げ、王国は混乱に陥った。  その後、アリアドネはバルトネ王国を滅ぼしたエウレパ国王の側室におさまったと聞いていた。  エウレパ国王は多くの貴族家から側室をとっていた。しかし、アリアドネがエウレパ国王の寵愛を独り占めし、バランスは崩れた。その頃には彼女は『傾国の悪女』と呼ばれるようになっていた。  俺は彼女の境遇に同情した。  おそらく彼女は生きるのに必死だったのだろう。  奴隷であった時の自分も、常に神経を尖らせて生きていた。  俺には仲間がいたが、彼女には誰も信頼できる人間がいないように見えた。 「アリアドネ・シャリレーン⋯⋯もう、ゆっくり休むといい。俺は君を正妃として迎えるつもりだ。君のことを家族として守って行くよ」  先ほどアルタナに彼女を娶らないと約束した。  しかし、これ程に不幸で荒んだ瞳をした女を放っておくことができなかった。    それから、アリアドネをカルパシーノ城に連れて行った。  彼女の視線も動きも全てが艶かしく計算し尽くされたものだった。  すれ違うものが、皆彼女に見惚れて動きを止めている。  既に彼女はこの城の男たちを思うままに操る算段をしているのかもしれない。  破滅を求め愛してしまう程に絶望を見てきただろう彼女が哀れだった。  彼女が心から自然に休める場所を提供してやりたいと思った。 「カルパシーノ国王陛下。1週間後には、建国祭が始まるのですね。これから暮らす、この国を見て回ってこようと思いますわ。よろしければ結婚式は建国祭の最終日に致しませんか? 今年の建国祭にはパレーシア帝国のルイス皇子殿下までいらっしゃるとお聞きしました。では、次は結婚式の日にお会いしましょう」  俺の頬に軽く口づけを落とすと、魅惑的に微笑んでアリアドネは護衛騎士と去っていった。  確かに各国の要人がちょうど集まっている、今、結婚式を挙げるのは悪い提案ではない。  しかし、後の報告でアリアドネが離宮に滞在中のベリオット・パレーシア皇帝の息子であるルイス皇子と接触していたとの報告があがっていた。 (アリアドネは何を企んでいるんだ? 一時の同情心で、とんでもない爆弾を引き入れてしまったかもしれないな⋯⋯)  1週間後の真夜中、城門が開くのが窓から見えた。 俺は不審に思い外に出ると、そこには太陽のような瞳をした美しい女がいた。 (真夜中なのに太陽がある⋯⋯) 「セルシオ・カルパシーノ国王陛下に、アリアドネ・シャリレーンがお目にかかります。本日からお世話になります」  震える声で挨拶をする彼女に言いようのない愛おしさが込み上げた。抱きしめたくなるる衝動を抑えると同時に、俺は耳を疑った。 (アリアドネ・シャリレーン?)  言われてみればピンクゴールドの髪や琥珀色の瞳に整った顔立ちといった身体的特徴は似ている。  でも、目の前の目を離せない女神のような女性と、俺の知っているアリアドネ・シャリレーンはまとっている雰囲気が全く違った。  
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