第一章 プロローグ

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 下半身だけを脱ぎ、足を広げて横たわる男の上に、早坂は覆い被さった。   「い、いいんですか? ほんとに……」 「ああ。ちょうど準備も済ませてあったしな」 「でも、あの、ゴムとか……」 「いらねぇいらねぇ。生でして腹下したことなんざ一度もねぇし」 「じゃ、じゃあ……」 「ただし、できるだけ静かにな。真純が起きちまう」    男は指先で早坂の唇にそっと触れ、隣の部屋を一瞥した。襖の向こうでは、小さな子供が眠っている。この、男を咥えて悦ぶ男の、実の息子が。  途轍もなく奇妙な状況だ。早坂は思った。高校生の自分が、子持ちの男に欲情しているという事実。一児の父だなんて信じられないほど官能的な、目の前の男。   「じゃ、じゃあ、挿れます」    刺激が強すぎて直視できない。男が手を添えてくれてようやく、蜜を垂らす花弁に照準を合わせることができた。   「っ……!」    僅かに切っ先が触れた。それだけでもう堪らない。誘うように収縮して、吸い付いてくる。まるでキスされているみたいだ。   「ほら、どうした? 遠慮しないでぶち込めよ」    男は、早坂の腰に足を巻き付けて抱き寄せた。まるで泥濘にハマるように、奥までずっぽりと埋まってしまった。   「あっ♡」 「う゛っ……」    あまりにも強烈な快感が早坂を襲う。これが本当に男の尻か。  腹部を覆う筋肉のおかげか、内側までキリッと引き締まって、今にも搾り取られそうだ。それでいて灼けるように熱く、どろどろの愛液で満たされており、蕩けてしまいそうに柔らかい。女の膣の微睡みさえ知らない体にとっては、ほとんど毒に近い刺激だ。   「っ、もう、無理ですぅ……!」 「はっ? おい、ナカには――」    男の制止を振り切って、早坂は蜜壺の奥に精を放った。二度目の射精だというのに、勢いはむしろ増している。  セックスがこんなにも気持ちいいものだなんて、想像もしていなかった。この雄々しい男を雌に堕とした自分こそが真の男なのだと、奇妙な自尊心が腹の底から込み上げた。   「肇さん……!」    これはもう自分のものだ。早坂は肇に口づけをしようとした。その時である。   「何やってんの?」    血も凍り付くような冷たい声が早坂を刺した。喉元に白刃を突き付けられるような戦慄を覚え、早坂は身震いした。   「おう。遅かったな」    この地獄のような状況を物ともせず、肇は呑気に薫を迎えた。薫の鋭い舌打ちが響く。   「何やってんだって聞いてんだよ。このクソビッチ」 「見りゃ分かんだろ? ご聡明な薫ちゃん。てめぇのお友達と遊んでやってたんだよ」    薫が早坂を睨む。早坂は体の震えを抑えるのに必死だった。自然と萎えた一物は、肇の中から抜け落ちていた。   「知らねぇよ、こんなやつ」    薫は、早坂の襟首を掴んで肇から引き離した。縁が腫れぼったくなった小ぶりな穴から、白濁液が溢れ出た。薫は忌々しげに眉を顰める。   「中出しまでさせやがって」 「しゃーねぇだろ。挿れただけでイッたんだ」    薫は、殺気立った険しい目で早坂を睨み付けた。早坂とて、もうあと一秒だってこの場にいたくはない。どちらに転んでも針の筵だ。急いで着衣を直し、カバンを手に取った。   「おい、遊んだ分の金は置いてけよ」    ふてぶてしくも、肇が告げた。   「……お金取るんですか」 「当たり前だろ。俺の体は売りモンなんだよ」 「……」    そんなの聞いていない。押し売りみたいなものじゃないか。と早坂は思ったが、一刻も早くこの地獄の空気から抜け出したかった。   「いくらですか」 「一万でいいぜ。初回サービス」 「……」    払えなくはない。詐欺師にしては良心的な価格かもしれない。早坂は、財布から一万円札を抜き取って卓袱台の上へ置き、そそくさと部屋を後にした。     「……ねぇ、マジで何なの」    静まり返った室内に、怒りを滲ませた薫の声が這う。   「あぁ? 何がだよ」    対する肇の声は気怠げだ。   「お前、自分が誰のものか分かってる?」 「そういう言い方はよくないぜ、薫坊ちゃん。俺は俺だ」 「違う。お前は僕のものだ」    白濁を零す泥濘に、薫は自身を沈めた。肇は官能の声を漏らし、身を捩る。   「ンっ……あんまり目くじら立てんなよ。今更だろ、こんなこと」 「そういう問題じゃない。お前は僕のものだって、この体に言い聞かせてやるから覚悟しとけ」 「ふは。んなこと、ガキにできんのか?」    二人の影が一つに溶ける。手足を絡め、唇を重ね、呼吸を合わせて唾液を交換する。   「にしても、お前、転校した方がいいんじゃねぇか」 「そうかもね。肇に悪い虫がつくし」 「ちげぇよ。あいつ、お前のストーカーだろ。おい、いつまで盗み聞きする気だ」    肇は早坂に呼びかけた。全てお見通しというわけである。ドアの外でじっと息を潜めていた早坂は、全速力で階段を駆け下りた。
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