第十章 極上の男

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 ホテルのレストランで、ドレスコードに従いフォーマルな衣装に身を包み、優雅に肇をエスコートする薫の姿にきゅんとくる。部屋に戻り、堅苦しい服を脱ぎ捨ててラフな恰好へと着替える姿にもきゅんとくる。  何なら、バスルームから響く楽しそうな歌声も、無造作な髪にバスローブを羽織った姿も、薫の全てが格好よく見えて、肇の心臓は終始落ち着かない。こんなことでいちいち翻弄されて悔しいと思うのに、どうしようもなく胸が騒ぐ。  それだけではない。五つも六つも並ぶ大きな枕、皺一つない真っ白なシーツ、几帳面に整えられたキングサイズのベッドも、肇の上擦った気持ちに拍車を掛けた。愛を紡ぐためだけに誂えられたようなこの雰囲気が、今夜はどうにも落ち着かない。  今更セックスを恥ずかしがるような年齢ではない。十年も一緒にいて、数え切れないほど体を重ねて、恥ずかしいところも情けないところも薫には全て知られているというのに。どうしてか今日は、今夜だけは、いつも通りの振る舞いができない。   「はーじめ」    薫がリビングルームから姿を現した。頭まで布団を被っていた肇が目だけを覗かせると、何がそんなに楽しいのか、薫はにこにこしながらベッドに飛び込んできた。キングサイズの上等なマットレスが軋み、同時に肇の心臓も跳ねる。   「ね。いっぱいエッチしたい」 「ん……」    クリスタルグラスのシャンデリアが眩く煌めく。ふわふわの髪は期待に揺れ、澄んだ眼差しは真っ直ぐに肇を捉えている。肇は伏し目がちに頷いた。   「……の前に、電気消せ」 「えー、僕は明るいままでしたいんだけどな。肇のことちゃんと見たいし。普段は絶対できないじゃん?」 「……」    肇が無言で睨み付けると、薫は「分かったよ」と言って照明を落とした。夕焼け色の常夜灯が寝室を照らし出し、その雰囲気は逆に淫靡である。   「……眩しいんだよ」 「仰向けだもんね」 「……そういう意味じゃ……」    本当は完全に消灯してほしかったが、肇は言い出せなかった。急にどうしてそんなことを言うのか、と問われた時の回答が用意できていない。  いよいよお待ちかねとばかりに、薫は布団に潜り込んだ。慈しむような手付きで頭を撫でられ、赤らんだ眦にキスを落とされて、そんな些細なことで肇の鼓動は駆け足になる。   「っ……するなら、さっさとしろよ」 「なんでよぉ。せっかくだからゆっくりしたいの。時間はたっぷりあるんだから」    薫の美麗な唇が、ちゅ、と軽く吸い付いては離れていく。薄い瞼や睫毛を食まれて、頬や鼻先を掠めるように口づけられる。   「……くすぐってぇ」 「たまにはこういうのもいいでしょ」    気持ちいいから耐えられない。これからこんな風に全身を隈なく丁寧に愛されるのだと分からせられるみたいで、胸がそわそわして落ち着かない。  唇に薫の吐息を感じ、肇は反射的に口を開けた。唇を尖らせて、すぐそこにあるはずの薫の唇を追いかけたが、唇が重なるよりも先に、薫の手が胸元に滑り込んできた。   「ん……っ」    素肌に触れられただけで、躰は敏感に反応した。器用にボタンを外され、そっと胸を弄られる。   「んふふ。僕ね、肇のおっぱい好きなんだ」 「……男の胸なんか……何がいいんだよ」 「他の男は興味ないよ。肇だけ。好きな人の体だから、全部好きなの」    決定的な場所には触れない。豊かな膨らみを掌で撫で、やわやわと揉まれる。薫の手は大きく、男にしては滑らかで、気持ちまで伝わってくるほどに熱い。熱すぎて、触れられたところから蒸発してしまいそうだ。  肇は唇を噛みしめた。胸の突起が固くなっているのが自分でも分かる。いつまでも触れてもらえないことに焦れて、早く触ってほしいとアピールするようにつんと尖っている。神経が尖端に集中して、愛してもらう時を待っている。  元々乳首で感じる体質ではなかったはずなのに、薫が毎回毎回しつこく弄るせいで赤く腫れぼったい見た目になってしまったし、ここを触ってもらえなければ満足できない躰になってしまった。  それなのに、薫は決定的な場所に触れてくれないばかりか、いまだにちゃんとしたキスもしてくれない。常ならばこんな待ちの姿勢は取らず、キスしたければ自分から唇を奪いに行く肇だが、今夜はそんなことは思いもしなかった。  薫の熱い手が脇腹を撫で、鼠径部を辿り、太腿を滑っていく。下着に指を掛けられて、引っ張られたゴムが肌に食い込む。その感覚だけで震えそうになる躰を押さえ付けるのに肇は必死だった。   「ちょっと腰浮かして?」    薫に耳元で囁かれ、肇は小さく悲鳴じみた声を漏らした。常ならば、服なんて邪魔くさいものは自分から堂々と脱いでしまうけれど、今夜ばかりはそれができなかった。かと言って、薫に一枚ずつ丁寧に脱がされていくという今の状況も、かなり羞恥を煽られる。薫の手で薫好みに下拵えされているような気分だ。  肇がもじもじと腰を浮かせば、薫はゆっくりと下着を引き下ろす。女の子はきっとこんな気持ちなのだろう、なんて思ってしまった自分に、肇は羞恥を覚える。   「なんか、今日の肇すごくかわいい」 「っ……」 「もちろんいつもかわいいけどね。今日は特別にかわいいよ」    甘ったるい声で囁かれて、耳たぶを甘噛みされた。こんなにも甘やかされて、頭がどうにかなってしまいそうだと、危機感にも似た感情を肇は覚えた。  ぴちゃぴちゃと卑猥な水音を立てて耳を舐られ、そうしながら、涎を垂らしていきり立つ中心を優しく愛撫される。肇は、漏れそうになる情けない声をどうにか噛み殺しながら、みっともなく腰を震わせた。  薫の熱い手が内腿を撫ぜて、双丘を揉みしだく。薫のしなやかな指が、期待に疼き続ける穴をくるりと一撫でして、ぬぷりと挿し込まれた。これから与えられる快感を知っている肇のそこは、二本目の指も容易く呑み込んだ。   「んん……」 「すご、とろとろだ」    ぬぷぬぷと浅いところを何度も抜き差しされる。貪欲に快感を求めて、肇のそこは薫の指に絡み付く。薫は興奮したように声を上擦らせる。   「肇、なんか恥ずかしがってるけどさ。僕のために、ここはちゃんと準備してくれたんだね。僕って愛されてるなぁ」 「っ……そんなんじゃ、ねぇ……」    口では否定しながらも、下の口は甘えるように薫の指を食む。そのことはもちろん薫にも伝わってしまう。薫はにんまりと満足げな笑みを浮かべた。   「嬉しい。好き。いっぱいかわいがってあげるね」 「っせぇ……んン」    くりくりと前立腺を捏ねられて、まともに言葉を紡ぐこともできなくなった。
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