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第十二章 祝言
大袈裟なのは嫌だ、堅苦しいのは嫌いだと肇は散々渋っていたが、真純の協力もあり、とうとうこの日を迎えた。
「……やっぱ慣れねぇな……」
黒羽二重の五つ紋付羽織袴に身を包み、肇は渋い顔をする。
「すごく似合ってるよ。かっこよすぎて死んじゃいそう」
「おだてんな。お前の方が、この手の服は着慣れてるだろ」
「まぁね。何かっていうと着せ替え人形にされるし」
「俺よか全然様になってるぜ」
「それって、かっこいいってこと? 僕、世界一かっこいい?」
同じく黒羽二重の五つ紋付羽織袴に身を包んだ薫がにこにこと詰め寄ると、肇は微かに頬を赤らめ、舌打ちをした。
「調子乗んな。どうせお前はいつでも……」
言いかけて、肇はまたも舌打ちをする。それが照れ隠しと分かっている薫は、さらにだらしなく頬を緩める。
「え~? こんな風に決めなくても、いつでもキメキメでかっこいいって~?」
「……うぜぇ。んなこと一言も言ってねぇ」
「え~? 僕ってば、世界一かっこいいお婿さんだって~?」
「だからっ――」
「おい、二人ともうるさいぞ」
きっちりとした学生服に身を包んだ真純が眉間に皺を寄せる。
「真純ィ、パパが取られて寂しいからって怒んなよ」
「怒ってねぇよ。大体あんたら、緊張感ってもんがなさすぎる。もっとシャキッとしてくれ」
「おうおう、言うようになったなァ、真純ちゃんも」
「一回きりの晴れ舞台なんだから、ちゃんとしたとこ見せてくれよ」
厳かな雅楽の演奏が鳴り響いた。神主と巫女に導かれ、花嫁行列は境内を進む。本殿にて神前に座るのは、二人の男と彼の息子、たったそれだけ。三人だけの、秘めやかな婚礼であった。
穢れを祓い清め、祝詞を上げて神に二人の結婚を報告し、誓いの杯を酌み交わす。三種の盃で三献ずつ、注がれた神酒を交互に飲み干す。三々九度の盃を交わすことで、堅い契りが結ばれる。
軽く目を伏せ、朱塗りの盃にそっと口づける肇の横顔を、薫は横目で盗み見た。何とも上品な唇。すらりとした美しい立ち姿。盃に添えられた指の先まで美しく、薫は思わず見惚れた。既に酔いが回っている。
「ぼーっとしてんなよ」
肇の声が聞こえた気がしたが、その唇は相も変わらず上品に結ばれたまま。薫を横目に見て、揶揄うように眦を緩めた。目元が仄かに赤らんで見えるのは、肇もこの酒に酔っているからだろうか。
最後に指輪を交換する。吟味に吟味を重ねて選んだ逸品である。肇はほとんどこだわりがなく、「お前が選んだモンでいいわ」というスタンスだったが、薫はかなり真剣になって選んだ。真純に至っては、肇よりも熱心に指輪選びに付き合ってくれた。
途中悩みに悩み過ぎて、何を血迷ったか婚約用の指輪を買いそうになったが、「ゴテゴテしたのは趣味じゃねぇ」と肇に言われて正気を取り戻し、結局、プラチナリングに一粒ダイヤをあしらったシンプルなものに落ち着いた。
シンプルだが、ダイヤモンドの輝きは本物だ。精緻なカッティングが施されたダイヤモンドは、微細な光を幾重にも反射して永久の輝きを放つ。限りなく透き通った、未来を照らす明るい光だ。
肇が静かに左手を差し出す。その手を薫は恭しく取り、薬指にそっと指輪を滑らせた。緊張で手が震えたけれど、指輪は、まるでそうなることが必然であったかのように、ぴったりとその場所に収まった。清純な煌めきを宿したダイヤモンドが、肇の男らしい手に淑やかな彩りを加える。
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