ショパンエチュードのゆっくりした曲

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ショパンエチュードのゆっくりした曲

 ショパンのエチュード(練習曲)は24曲全てが一つひとつ音楽的に独立して感じられ、ピアノ音楽の珠玉の美しさがそれぞれの曲に詰め込まれている。故人となったピアニスト、マウリツィオ・ポリーニが残した録音をCDで、覚えるほど私は聴き込んでいた。  練習曲という名前からして、ピアノの技巧を鍛える目的を持つ、テンポの速い曲が多いのは間違いない。しかしその曲集のなかで異彩を放つ、ゆっくりとした曲が三つある。ひとつは有名な、通称『別れの曲』Op.10-3。(Opとは作品番号の意味)そしてOp.10-6とOp.25-7だ。Op.25-7は『恋の二重唱』という通称もあるが、『別れの曲』に比べるとあまり普及していない、知られざる名曲だ。  ゆっくりとした曲を緊張感を保ったまま、だれずに演奏するのは難しいことだ。これらの緩徐的な曲も音楽的なテクニックを要する。ただ、ピアノの練習曲に抱く一般的なイメージから遠く離れているのも明らかだ。 『別れの曲』は冒頭の暖かくも物哀しいメロディがよく知られているが、中間部では和音の連続から成る細かな転調を重ねる、大胆に動く箇所が訪れる。ショパンのほとばしるように情熱的で繊細な哀しみが感じ取れる。  Op.10-6は変ホ短調で、ピアノの鍵盤のなかで黒鍵を弾く比重が大きい。ひとつ前のOp.10-5、黒鍵ばかり弾く変ト長調の『黒鍵』は晴天のように突き抜けた明るい曲調なのに対し、こちらの変ホ短調ではくぐもったように黙々と、淡々とした歩調で進む。エチュードは一気にとおして聴くと、曲の順番に対比的な物語を感じ取れる。  Op25-7『恋の二重唱』は、涙を流しながら繰り返し聴いたものだ。しかし、演奏の際はあまり情感豊かに弾いてはいけない曲だと思う。端正に整え、テンポを正確に保つことで自然に情緒を浮かび上がらせるのが良い。マウリツィオ・ポリーニの演奏はまさにそうだ。私は拙いながら過去に取り組んだが、美しく自由な曲想を端正に仕上げるにはいたらなかった。 『別れの曲』と『恋の二重唱』は弾く機会があり、Op.10-6は弾くことはなかった。24曲を全て弾きたいと思ったこともあったが、実践しなかった。半分ほどは弾いただろうか。ちなみにピアノの演奏技術レベルは日々の熱心な練習をやめると次第に低下していくので、今の私では弾けない。ショパンのエチュードとは、難しすぎて美しすぎる名曲集である。
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