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お化粧
お化粧でほんとに顔って変わるのよ、とピアノの先生が教えてくれた。彼女自身、いまだにお化粧の威力に鮮烈な驚きを失っていない口ぶりだった。よくピアノをさらっていたころ、私はお化粧も大好きだった。
ファンデーションでの肌づくりにはずいぶんこだわった。まだまだ若かったのだから重箱の隅をつつくようなメイクだったが、白くて粗のない、輝くような肌をつくりたくてファンデーションをいろいろ買い替えた。試行錯誤の末、リキッドファンデーションの仕上げにお粉をはたく方式に落ち着いた。カバーマークのジャスミーカラーのイエローベースがいちばん顔色がよく見えた。
私は不器用で、常に手が微細に震えているので、アイラインをまっすぐにひくのは難しい。眉(アイブロウ)をペンシルで綺麗に描くこともそう。ネイルも同じだが、ピアノを弾くならネイルをしてはいけない不文律を守っていたので興味もなかった。
眉はパウダーとアイブロウマスカラをのせることにして、アイメイクはマスカラだけにしぼった。デジャヴュの黒マスカラ。アイシャドウを塗ると途端に厚化粧感が出てしまう。
チークは、兄の配偶者にプレゼントされたシャネルの発色が気に入ってリピートした。顔のなかで全く浮かずに馴染むうえ、頬に赤みを差すことで陰影をあたえて引き締めることができる。
口紅は伯母にプレゼントされたディオールが気に入った。やはり色がいちばん良かった。ためらいのない発色。試しに他メーカーを買ってみても、グレーが混じったようなくすみピンクでは、鏡を見ながら綺麗に笑うことができなかった。
ときを経て結婚し、子どもが生まれてからお化粧ができなくなった。お化粧に使えた時間がそのまま我が子の世話に充てられた。すっぴんでも暮らしに支障はなかった。
それでも化粧を始める前の中学一年生のころより、今の私の顔が好きだ。子どものころは卑屈な顔だった。お化粧しながら顔は少しずつ変わった。鏡を見て微笑む習慣が表情をつくりかえたのだろう。
またいつかお化粧する毎日を過ごしたい。シャネルのチークは引っ越しのたびに連れてきている。
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