「当然の秘密」

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  「オイ…道があるぞ」 迷彩服に身を包んだ“林(仮名)”が吠え、その声に傭兵仲間である “川口(こちらも仮名)”は、油断なく、辺りを見渡した… 知人の先輩である川口氏が10代の頃と言うので、1980年代の話である。 80年代と言えば、日本はバブル期である。現在の衰退からは考えられない程の繁栄と熱狂に疑問を持ったり、そっぽをむく“はみ出し者”が出てくるのは、世の常… 平和と飽食の世で彼等が求めたのは“戦場”だった。自分探し、思想的反抗、冒険、国からの逃亡、様々な思惑の者達が世界へ飛び出していく。 当時は大国同士の代理戦争“冷戦”の終局が見え始めた時代… それに伴う火の粉が、地域紛争を引き起こし、武器と兵士を募る“働き口”はいくらでもあった。 日本人傭兵の多くは、まず自衛隊や警察などで基礎訓練を積み、公務員的ルーティンを 通した国防に対する失望から、傭兵志願の道を進むのが、ほとんどである。 川口の場合は、半グレ時代の喧嘩で相手を殺してしまうと言う特異ケース… 正当防衛が認められたが、向こうは暴力界隈の連中、報復を恐れての国外逃亡だった。 「でなければ、国からの保障も、雇う側からの手当も少ない傭兵なんか、誰がやる?平和ボケの日本人だぞ?いや、そもそも何処の国でも違法の殺人行為をわざわざやりに、外国まで行くって訳だからな。そんな酔狂に金出す奴なんていないよ。外人部隊にでも入れば、少しは違ったか…」 当時を振り返る彼の右頬は、少し引き攣れた後がある。聞けば、爆発の破片が、少し顔に残っていると言う。 「手術したいけどな。下手すると、脳が逝っちまうって話だ。金かかるし、日本の医療じゃ、まず無理。戦友の一人が、怪我の後遺症で、どうしようもなくなって、困窮相談の窓口行ったけど…鼻で笑われたよ。多分、傭兵やってたって、正直に言っちまったのが、 不味かったんだな。行政の奴等はこうさ。 “傭兵(少し含み笑いをしながら)ですか?残念ですが、我が国では、平和憲法がありますので、お願いしてもいないのに、勝手に戦地に行った人を支援する法律はありません” きっと、頭の可笑しい奴と思ったんだな。まぁ、この国の誰もが、戦争や傭兵なんて、 映画かゲームの世界の話としか思わんだろうしな。それは、良い事でもあるんだよ。ホント…最も、これからは、わ・か・ら・ん・が・ね?」 現在のようなPMC(民間軍事会社)もない時代、戦闘経験無しの日本人は半ば “義勇兵”に近い扱いだったと言う。 雇い主のほとんどが少数民族や現政権打倒の反政府軍、旧式の銃と制服を渡され、 後は自力調達。食事も犬、猫などは良い方で、酷い時には蛆にミミズ、食べれるモノは、何でも食べた。 寝床は地面に穴を掘っただけの場所もある。風呂もいつ入れるかわからない。戦地での初めての夜はノミかダニに全身を喰われる。 そうまでして、敵と命を取り合い、払われる給与のほとんどがドンブリ勘定、日本円にして、3万円にもならなかった戦地もある。 林と出会った戦場も、アジアの反政府軍部隊…政府軍側の武装ヘリ投入により、雇い主 勢力が、全滅に近い攻撃を受けた。 川口自身も、空から高速で降り注ぐ、40ミリロケット弾が眼前で炸裂し、致命傷は免れたモノの、頬にヤカンを押し付けられた子供時代何十倍の痛みを味わい、麻酔無しで破片を取り出すと言う荒行を経て、どうにか生還した。 金の支払いは、もちろんなく、手元に残ったのは、錆びついたカラシニコフ銃と、残弾僅かの予備弾倉… 本来いるべきでない日本人(現地では中国人を名乗っていた)に対する、命の保障は望めず、同郷である林と、戦地からの脱出を試みる事にする。 同じ日本人であれど、互いの経歴などは一切明かさず、同行に関して、最低限の確認をとると、すぐの移動を開始した 戦闘時の動きから、林は軍事訓練を受けている様子があり、川口としては、信頼するに、充分な要素を持っていた。 彼等が選んだ脱出路は、隣国との国境地帯に広がる山岳地帯、ごく少数の村落がある事を除き、後は険しい自然環境、敵からの追跡を躱すのに適していたが、 下手すれば、自分達が死ぬ可能性の方が高かった。それでも選択肢などは勿論なく、月明りの行軍の末に、岩と木々の中に続く小道を見つけた。 「村の連中が使ってる道だ。これを行けば、国境まで、すぐだ」 林の声を背に受けながら、川口はゆっくり、カラシニコフを肩から下ろす。彼の様子に気づいた相棒もすぐに同様の動きをとる。 道の奥から、僅かではあるが、声が聞き漏れだしている。それは、悲鳴と笑い声に加え、小さな破裂音…恐らく小銃弾の… 「敵か?政府の奴等なら、ヤバいぞ?」 「……とにかく見てみよう」 林の声に頷き、先頭を保持したまま進む。音近くの草むらに伏せ、顔を覗かせる川口の顔に温かい液体が飛ぶ。 「‥…俺達は“サボテン”と呼んでいた。戦場のリンチ、いや、処刑法の一つだ。ライフル弾、口径はデカいほどいい。そいつを相手の口一杯に頬張らせて、棒とか銃床で思いっきり叩く。そうすると、中で弾丸同士がぶつかって、頬から飛び出したり、発火して、頭全体が破裂する←これだと当たり。 何発食わせれるか、上手く、頭が弾けるかを賭ける奴等もいる。銃が戦場に姿を現してから続いている行為、明らか違法だけど、戦争ってもんが、そもそも異常では、当たり前、当たり前だが秘密として、存在してた。多分、今もやってる。 俺の顔に飛び散ったのは、その成功例…問題だったのは」 怒声を上げた林が、立ち上がり、銃を撃つ。連続した銃声と発射された曳光弾は、暗闇を明るく照らし、現地の村人とボロ布を纏った首無し死体と同じくボロを身に着けた女性を 映し出した。 林の射撃から逃れた村人が銃を構える前に、川口が撃つ。その頃には、林が 女性の元へ駆け寄っていた。 「多分、奴は、戦場って言う、人の業、最悪の中でも、変わらない正しいモノとか、考えを見つけたかったのかもしれない。じゃなきゃ、エンタメ映画ばりに、銃を撃って、助けるなんて事、する訳がないし、成功したのも奇跡だ。もっとも、俺達はもっとヒドイモンを見た訳だが…」 周囲の残敵を確認する川口の前で林が小さな悲鳴を上げる。死んだ村人から拾った懐中電灯で照らす彼自身も同じ気持ちだった。 「目がね、3つあんだ。いや、額についた3つ目はイボみたいで、開くかはわからないけど、閉じた目だった。確実に。 村の連中は“らーなやらすー”とか呼んでて、それを見立てた土産品も売ってた。地元の伝承である妖怪、だが、アイツ等はいる事を知ってた。当たり前にしながら、町の連中や外国人には秘密にしてた。 何故かって?誰だってそうだ。自分達より、下を作りたがるだろ?特に村の連中なんて、あの国最下層の底辺、彼等の不満や欲望の捌け口が“らーなやら”なんだよ。 正体はわからん。 日本の山奥にかつていたとされる“山人”、“稀人”の類かもしれない。加えて、あの辺は、大国を潤すために大規模な開発が進んでいた。山向こうの国では、他の国と同じくらいの環境汚染が進んでいたから、 そのミューティ―ション(突然変異)だって話も頷ける。戦場じゃ、もっと可笑しなモンを見る事もある。そういったモン、実際にいるモンに直面した俺達はどうなるか?って話だ…」 言葉もなく、震える女性を立たせ、林は安全な所まで連れていくと言った。しかし、川口が反対する間もなく、今まで暗かった山のあちこちに灯りが見え始めていた。 「さすが地元の奴等、俺達が山入った時点で包囲してた。こちらに気づかれる事なくな。 最も、お楽しみを邪魔されたくなかっただけかもしれないけどな。とにかく奴等が危惧してたのは、こっちの自動小銃の残弾が幾つかって事だけだった」 村人の数は明かりだけで10はある。その下にはもっといる筈だ。弾の数は僅か… 勝てる人数ではない。 「こちらが殺したのは3人、まだ取返しがつくと思った。向こうも同じ事考えていたようでな」 顔を見合わせる2人の耳に現地語の怒声が響く。 「“アスカリ(この国での傭兵の呼称)”女を渡せ。そうすれば、見逃してやる」 またとない好条件だ。元々、当然の如く殺されるだけに生かされる連中、他所の連中には内緒だが、ここでは、それが当然、当たり前の風習、自分達はたまたま、居合わせ、混乱と誤解の末の今だ。 しかし、相手は寛大にも“許す”と言ってくれている。こんな機会は早々ない。 林は最後の最後まで拒否した。 「何故、そこまでする?関係ないだろうがっ!?」 と罵る川口に対し、諦めに近い表情ではあるも、目だけはしっかりとこちらを見据え、 静かに、だが、力強く 「人間だからだ」 と答える。それが最後だった。 「何でもいい。俺は逃げたい」 手向けのように呟き、川口は引き金を弾いた…  「村の奴等には、女は逃げたと説明した。林に全部被ってもらった。証明を含め、村人達の前で、岩の上から森に投げ捨て、俺は隣国に辿り着いた。 しばらく滞在して、また、別の戦地、その後4年近く傭兵暮らしして、帰国…ジジイになった今でも、どうにか生きてる」 国を出る日の夜に、川口は“林”に会った。彼は頭に布を巻いた女性を伴っていた。 「連中を助けるために、もう一度、山に戻って戦うってさ。今でも生きてるかどうかは 知らんよ。あそこは今でも混乱してるからな?」 最後に何故、林が生きているのかと言う点について聞くと、川口氏は“当然”と言った顔で答える。 「“弱装弾”通常の弾より発射薬、威力を減らしたモノを撃った。落としたショックで 目覚めると踏んでた。半グレ時代からやってるだまし討ち、ならぬ、だまし撃ち… 俺達は正規軍じゃない。憎くもない相手と金のために殺し合いをさせられてる。 選んだのは自分と言う事もあるけど… だから、無駄に死ぬような事はしない。 傭兵仲間の間では、当たり前の戦法、まぁ、雇い主には秘密だけどな?」 そう言って、氏はニヤリと顔を凄ませた…(終)
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