2人が本棚に入れています
本棚に追加
朝比奈スバルの場合
誰もいない教室の窓を静かに開けると、桜の花びらが一枚舞い込んできた。
僕はその花びらを受け取めようとするが、手の指の間をするすると逃げるように行ってしまう。まるであのこのようだ。
窓の外に咲き誇っている桜の木々が気にはなったものの、僕の視線は黒板の上に設置してある時計に引き寄せられる。
短針と長針が示す時間は12時ちょうど。まだ時間があることを確認する。左手の腕時計と同じ時刻だ。これは電波時計なので狂うことがない。なのであの時計は正しい。
窓から入って来る春らしい爽やかな、それでいて寒さという厳しさの残る風が僕の髪をやさしく撫で、日の光りが僕以外誰もいない静かな教室をあたたかく包み込んでいる。
ここだけを見るとと平穏な日常の風景が広がっているが、今日の僕には成さなければならないことがある。こんなところでグズグズしてはいられない。
時間が止まれば考える時間も増えるのだろうか? そんな非現実的な考えが脳裏に浮かんだが、黒板の上の時計の秒針は止まることもましてや戻ることもなく進んでいる。
(とは言っても、どこから探せばよいのやら……)
外の景色を眺めつつ両手を頭の上で組んで背伸びする。それほど身長が高いわけではないが、上に伸ばした腕の長さについてくることのできない制服の裾を見ると高校に入学してからのこの1年間である程度成長した自分に満足できた。今となってはどうでもいいことではあるが。
「よし!」わざと大きな声を上げて両手で顔を軽く叩いて気合いを入れる。そのまま叩くと眼鏡を破壊することになるので外すことを忘れてはならない。
眼鏡を顔の定位置に戻し、カバンを手に取る。とにかく行動しなくてはならない。
教室の戸に手を掛け開けようとしたその一瞬前に戸が開いた。
うちの学校の教室のドアは自動ではない―――つまりそれは誰が来たことを意味する。こんな日にこんなところに来るヤツが僕以外にいることに驚く。
そしてそれがこれから探そうとしていた「日暮あかね」であったことに―――。
最初のコメントを投稿しよう!