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「血が足りないってこんなに調子悪いと思わなかった」
フェルディナンがベッドでぼやく。すでに二週間が過ぎたが、フェルディナンは起き上がるのがやっとだった。
「悪かった。お前ならもう少し早く回復すると思ったんだ」
エリゼは気まずそうに笑う。せめてフェルディナンが回復するまではと滞在しているのだが、一向に帰れそうにない。
「いいんだよ、別に。ポムが元気になったなら何も言うことはないし。でも君が翼むしったのはちょっと怒ってる。もう君、有翼じゃないじゃん」
片方しか残っていなかった翼をポムを生かすために使ってしまった彼の背には大きな傷跡が残るばかりだ。
「根本は残っているが?」
「そういう問題じゃないの。誰も死なないために必要だったんだろうけど、割とショックだった」
「すまん……」
「君の翼好きだったのに」
「初めて会ったときにはすでに片方しかなかったろう?」
エリゼが大怪我をして運び込まれた病院にいたのがフェルディナンだった。だから、彼はエリゼの翼が両方揃っている姿を見たことがない。エリゼは片方しかなく飛ぶこともできない翼を失ったことに感慨はないようだった。
「それでもきれいで好きだった」
エリゼは胸ポケットから銀色の長い風切り羽根を出す。
「これをやるから許してくれ。羽ペンにでもするといい」
「え、これ、君の羽根?」
「ああ。飛べなくても生えるんだ。未練がましくな」
フェルディナンは小さく笑って羽根をくるくる回す。
「僕って単純だから結構元気出た」
「それはなによりだな」
その時、ドアがノックされた。エリゼが開けるとイリスとポムだった。
「ご飯なの!」
ポムが元気に叫ぶ。ポムはパンを運んできてくれていた。ほかの重たいものや慎重に運ばなければならないものはイリスが持ってきている。ポムは修復以来、普通に歩けるようになり、言葉も滑らかになった。ほとんどの不具合が解消されたことで、ポムはますます天真爛漫に暮らしている。
「ああ、ありがとう、ポム。キスもくれるとフェルもっと元気になっちゃうな」
その軽口にポムはにこっと笑って頬にキスをする。フェルディナンはポムをぎゅっと抱きしめて頬ずりをした。ポムのことがますます愛おしくてたまらない。
「あー、ポムのキスですごく元気出た!」
「まったく何言ってるんですか? フェル。薬も言われたものを持ってきましたよ」
あきれ気味な声にフェルディナンは肩をすくめて、ポムを離す。
「ありがとう、イリス。君もキスくれたらもっと元気が出そうな気がするんだけど?」
してくれないことはわかっているが冗談めかして言いながら頬を指さす。イリスに盛大にため息をつかれてフェルディナンは撤回しようとした。だが、それより先に頬にイリスの唇が触れた。
「え?」
「一度だけですよ! ポムが元気になったのはあなたのおかげでもありますからね!」
イリスは真っ赤になってそう言った。フェルディナンは予想もしていなかったことに両手で顔を隠してベッドに倒れこむ。
「やばい、うれしくて熱が出そう……」
「なにを言ってるんだ、お前は。あの日からずいぶんおかしいぞ?」
自分でも言動がおかしくなっている自覚はあったが体調の悪さに託けていろいろ言ってしまっていた。それにしぶしぶ付き合ってくれるエリゼと大喜びで付き合ってくれるポムだったが、イリスにはため息をつかれて放置されるばかりだった。彼女は年頃の女性でそんなことを言っていい相手ではないことはわかっていたから、それでいいと思っていたが、まさかの事態だ。
「なんか、二人が娘になった気がしちゃってて、つい……付き合ってくれてありがとね、イリス」
「あなたがいなければポムどころか、私も生きてはいなかったでしょう。感謝はしているんですよ、フェル。だから、さっさと元気になってください」
声にはとげがあったが、彼女の精一杯の言葉に彼は顔が緩むのを止められなかった。
「うん。わかった。ありがとね、大好きだよ、イリス」
「私も嫌いではないです」
プイと背けた顔が真っ赤に染まる。まだまだ素直になり切れないイリスと純粋無垢なポム。二人をそばで見守っていきたいとフェルディナンは思った。
窓から吹き込んだ風が夏の気配をはらむ。
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