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第三章 出逢い
「それいいですね!」
その時私は突然声を掛けられた。それは三十代半ばくらいのサラリーマン風の男性だった。私は手に「半額」とシールの貼られたオードブルを持っていた。今日は金曜日、明日は会社がお休みなので、いつも仕事帰りに寄っているこのスーパーでワインとお酒のおつまみを買って帰ろうと思っていた。
(いいって言われたって、これ最後の一つだったから)
私が手にしたオードブルはトレーの中にあった最後の一つだった。それは三十%オフから半額になった瞬間に周りにいた人が一斉に手を伸ばしたものだった。私も慌ててそれをつかもうとした時にはそれが最後の一つになっていた。
私は困った。でも次の瞬間に何故困ったのかと思った。何も見ず知らずの人にこのオードブルをあげなくてはならない理由などないし、勿論「すみません、譲れないんです」などと言って謝る必要だってない。ただ、その男性が私のタイプだったから、無視するのはどうかと思っただけなのである。ではそれではどう言ったらいいのだろうかとそれを悩んでいたのである。
すると私が困っているのを察してか、その男性が更に私に話をして来た。
「そのブレスレット、素敵ですね」
「え?」
その男性は私が左手につけていたブレスレットを指差してそう言った。
「あ、これ」
私はそこまで言って言葉を詰まらせた。その人がいいと言っていたのはオードブルではなくて、そのブレスレットのことだとわかると途端に恥ずかしくなった。するとその男性は自分の左腕の裾をめくってそこにつけていたものを私に見せた。
「これもあなたと同じブレスレットです」
(あ!)
それは紛れもなく私がつけていたものと同じブレスレットだった。
「それってもしかしたら」
「はい。墓地さんのところで」
(やっぱり)
「あなたも、ですか?」
「はい」
私はその人に聞かれて嬉しそうにそう答えた。この時私は、このブレスレットを受け取った時の墓地さんの言った言葉を思い出していたからだった。
「これは恋愛運がアップするブレスレットです。これをつけていればあなたに相応しい方があなたに声を掛けて来ます。もう少し言えば、あなたに相応しくない方は声を掛けては来ません。そしてその方はこれと同じブレスレットをつけています」
「では墓地さんのお客さん同士が結ばれるということですか?」
「縁なんてそんなものですよ」
墓地さんは笑ってそう答えたが、私はそれがあまり夢のある話には思えなかった。
「だって社内恋愛だってそうでしょ?」
すると墓地さんはそう言葉を付け足した。確かに社会人の恋愛対象のほとんどが勤務先の人であることは確かなことだと思った。しかしそれにしても墓地さんのブレスレットを買った人同士がくっつくなんて、なんか商業的というか、やらせのような感じがした。
「それに結婚相談所だってそうではないかしら」
(そう言われればあそこも商業的ではある)
「恋愛は恋をしたいという気持ちがなくては出来ないものなの。恋を求めている者同士でなくては成立しないのよ」
(確かにそれはあると思った)
「私のこの恋愛運アップのブレスレットを買って頂いた方は全国にたくさんいます。でもあなたに声を掛けるのはその中の一人だけです。しかもそれは偶然の出会いです。決して出会う段取りがあって顔を合わせるのではないのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。もしあなたに声を掛ける男性があって、その人がこれと同じブレスレットをつけていたら、その人があなたの運命の人だということなの」
「はい」
「だから楽しみに待っていて」
私はそうやってこのブレスレットを手にした。そして今、本当にそれが叶ってしまった。
「墓地さんからこのブレスレットを受け取った時に言われたんです。あなたが最初にこれと同じブレスレットをしている人を見掛けたら、それが出会うべくして出会った人だって」
私は私が墓地さんから言われたことと同じことを今、その人からも言われた。
「それが私なんですか?」
「はい」
でも私はその時ふと思った。もし、この人は自分のタイプじゃないと思ってやり過ごして、それでやっと自分の好みの人に出会った時に、あなたが初めてだという話をしたらどうだろうかと。
「その証拠があるんです」
「証拠?」
「ええ、あなたと私の青い石の数を足して七になるはずです」
私はそんな話を墓地さんからは聞いてなかった。
「初耳ですか?」
「はい」
「このブレスレットにはピンクの石だけではなくて青い石も入っています。それをカップルで足すと七になる人こそ運命の人だということらしいんです」
「私は四」
「僕は三です」
「これって女性がいつも四で、男性はいつも三だとか?」
「いいえ。墓地さんに聞いて頂いても結構です」
私はその組合せが何通りあるのかと思った。
「組合せは六通りです」
「では六分の一の確率?」
「はい」
「このブレスレットをつけた人というだけではダメなのね」
「ええ。そのうちの六分の一の確率しかないんです」
「そうだったんですね」
「僕は影山といいます。あなたは?」
「私は皆神です」
「どうですか、皆神さん。これから一緒に食事でもいかがですか?」
「え?」
「いま手に持っているオードブルを置いて、僕と食事に行きませんか?」
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