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第八章 朝
「なんかこうしてると眠くなって来ますね」
後部座席の鈴木がそう言って心地良さそうな表情をした。
「はい。それでつい私も寝てしまいました」
「やっぱり」
「はい。それで気が付いたら彼が缶コーヒーを買って来てくれてるんです」
「寝覚めのコーヒーですね」
「はい。朝になってますから夜明けのコーヒーでしょうか」
私はそうやって二人が車の中で度々朝を迎えていたことを知った。
「でも車の中で寝ると身体が痛くなりませんか?」
鈴木と皆神さんの会話が続いた。
「ええ」
「お二人が恋人同士だったら、あ、婚約者だったら、どこかのホテルに泊まるとか」
「はい。でも彼はこうして車で夜の海と星を見ていたいと」
「そうだったんですね。ロマンチックですね」
「そして朝になると鳥がさえずるんです」
「この辺りにもやっぱりいるんですね」
私もその会話に参加していた。
「はい。すずめだと思いますが」
「ではそのすずめに起こされるんですね」
「はい」
私はその時に昔誰かに聞いた話を思い出していた。
それは朝の小鳥のさえずりは、彼らの目覚めのキスだという話だった。口をとがらせて、チュンチュンと鳴きながら恋人の口にキスの嵐を浴びせるというのだ。それでもしかしたら彼もその人に目覚めのキスでもしたのだろうかと私らしくない俗な発想をしてしまっていた。
「early bird」
「アーリーバードって?」
「彼がおはようって言う意味でよく使ってました」
「それって早起きっていう意味でしたね」
「はい。私、当時は午前中にはなかなか起きれなくって。でもここに海を見に来た時は小鳥の声で早起き出来るんです。それで彼はアーリーバードって」
「そうなんですね」
私はのろけ話のようにその人の話を聞いていた。
「でも今日はここで夜を明かすわけにはいかないので次の目的地へ行きましょう」
「次の目的地ですか?」
「はい。何かここからつながる場所がありませんか?」
「それが思い浮かばないんです」
「何も?」
「はい」
「そうですか」
私は今日回った場所だけではその人の依頼に答えを出すことはまだ難しいという気がした。確かに彼はその人を愛していたのだろうと思う。しかし、それが今はどこかへ行方をくらましてしまっているのだ。
「彼の心を探して欲しいということでしたね?」
「はい」
「今日のこれまでの調査では彼の心はあなたと一体だったと思います」
「はい」
「ですが、今は彼の行方は知れないわけですから、お二人にこの後何があったのかを知らないと答えは出せません」
「……」
「それを是非お話し頂けませんか?」
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