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明かりの灯らない世界に彼女はいた。
ベッドの上で四肢を丸め、耳を澄ます。
外の音が静かだ。たぶん、今は夜。両親から与えられた世界は朝も夜もわからない。だからこうやって音に頼らなければいけなかった。
ずっと光がない。ずっと頭がぼうっとする。
彼女は何年も夢を見続けさせられていた。だから、彼女は自分が今、何歳であるのかもわからなかった。
あの人に会いたい。
渇望が増していく。
その人は無口だった彼女に無条件で微笑みかけてくれた。
彼女が独りで作業をしていると、自分がどれだけ忙しくとも気づき、助けてくれた。
彼は何でもできて、誰からも好かれ、それなのに謙虚だった。
彼女からすれば、彼は遠い存在だった。
画面越しに見るアイドルのような、手を伸ばしても届かない月のような、目の前にいても、ただただ遠かった。
いつからか、彼が誰かと話しているとその相手を羨むようになった。彼が誰かに笑いかけていると胸が痛くなった。
私だけにしてほしい。何もかも、他の誰かじゃなく。
彼を欲した彼女は、されど自分に自信がなかった。
自分の足りないものばかりが見えてしまう。
綺麗な子、かわいい子、よく気がつく子、頭のいい子、スタイルがいい子、運動ができる子、笑顔が素敵な子、声が魅力的な子、マナーが完璧な子。
色々な女の子と比較しては落ち込んだ。
彼の大切な人になりたい。だけど、自分にはその立場は相応しくない。
だから、見つめるだけにした。彼がしてくれる一つ一つを宝物にした。
それだけでよかったのに、いつからか彼女の中には別の何かが巣くっていた。
その何かは欲望に忠実で、彼女をコントロールしたがった。
今夜も、それは彼女が普段なら出すことのできない力で、ベッドに繋がれた手錠を引きちぎり、鍵のかかった蔵のドアを強引に開け、彼女を外へと解放した。
あの人に会いたい。
足を踏み出す。
彼女の素足が砂利を踏み、密かに傷つく。彼女は痛みを感じなかった。夢のつづきのように意識がはっきりしない。
あの人に会いたい。
会って、そして。
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