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街灯に電流が通ったかと思うと、不気味なリズムで、それは灯ったり消えたりを繰り返した。百合が首を垂れる。響は異様な雰囲気に身構えた。
百合のか細い足がコンクリートをゆっくりと蹴る。
距離が縮まっていくごとに、響の感覚が研ぎ澄まされていく。
百合が立ち止まり、そして、消えた。
鋭い風が吹き抜ける。
来る。
腕で顔を防御した瞬間、鈍痛と共に百合が姿を現した。蹴られたのは響なのに、ボキリと折れ曲がったのは彼女の足の方だった。百合は悲鳴一つあげず、こちらを引っ搔こうと手を振り下ろす。
後ろへ下がったが、避けきれず、頬に血の線が浮き上がった。
「オルタか」
相手は応えず、負傷した足を繰り出してくる。響は腕で防ごうとし、咄嗟に横へと飛んだ。
「やめろ! 彼女の体はお前の動きに耐えられない」
「だったら」
百合の声なのに低く影の宿る声音は、百合以外の意志が動いていることを物語っていた。
「お前が自分で自分を殺せ」
ユリの獣のように細い瞳が響を射抜く。
「この女を守りたいのだろう?」
響は防御をとき、拳を握りしめた。
百合を救うために警察へ入った。
彼女の存在を探して、ここまで来た。
響が躊躇っていると、ユリがやさしく微笑んだ。
オルタに操られていないように、穏やかに。
「会長、それが普通だよ」
ビクッとし、一瞬、息が止まる。
誰かを守るために、自分を犠牲にすることが「普通」?
正しい、正しくないを判断することすらできず、響は拳をといた。
オルタに憑かれていないのに、何かに操られているように、体を制御できない。
響が一歩、ユリに近づいたとき、背後で気配が動いた。数秒も間を置かず、頭上から細い線に繋がれたナイフが二本、響とユリを引き裂くようにコンクリートに突き刺さる。ナイフに遅れて、ノアが地面に着地した。彼はユリに首を傾げた。
「どうも、警察です。少し、話を聞かせてもらえませんかね?」
ノアが言い終わらない内に、久我が響を庇うように前に立った。
二人とも武装している。
ノアが腕を上げると、ナイフがコンクリートから引き抜かれ、コンクリートの破片が空に舞った。その先で、ユリがノアに対し、冷めた眼差しを送る姿が見えた。ナイフがノアの太ももにあるホルダーへと戻る。
雲が流れ、月を隠す。再び、地上に月光が注いだとき、ユリは微笑みをたたえていた。
「どういうことですか? 旧友に会ったので、懐かしくて話をしていたのが、罪になるんですか?」
「まあ、人間の世界じゃ、本人の意思とは関係なく、他者と関わり、本人と相手に不利益を与えることは罪、なんじゃないですかね?」
ノアが両指を何かを巻き取るように動かす。
ナイフがホルダーから抜かれ、くるくると宙で回転した。
ユリが微笑む。勝ち誇ったように目を細めながら。
「どの口で。お前も人間がオルタと呼ぶ個体だろう。我が同胞よ」
ユリの口調が変わる。ノアはユリに半眼した。唇を伸ばしながら。
「俺の寝首を狩ったつもりなんだろうが、俺は自分がオルタだと知られても痛くも痒くもない。何年も、オルタとして人に関わってきた。今更、人だと訂正できないくらいにな」
ノアが素早く右腕をユリへと振り下ろす。ナイフのついた糸が一直線に彼女の体を両腕ごと巻いた。
「荻原百合を解放しろ。お前は自分の意志で出られるはずだ。そうだろ? 同胞」
ユリがくつくつと笑う。
「人間にほだされると、こんなにもぬるくなるのだな」
ユリが街灯へと跳躍する。が、糸が彼女を傷つけることはなかった。ノアが糸の長さを調節したのだ。
ユリは片方の口角を上げると月を見た。
口を開け、息を吸い込む。その音が響の耳にはっきり聞こえた。
「桐谷、久我を連れて逃げろ」
ノアの声音が硬い。
「どういう」
言いかけ、がくがくと震える久我に気づいた。
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