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「でも、何もない人のために将来を決めたりしないだろ?」
「それは」
ズグリと脳にナイフが刺さったような痛みが走る。過去の色々な場面がフラッシュバックする。
「俺には虚言癖があって、いえ、俺には本当にそう見えるんですが、みんなが違うって言うから違うのかもしれなくて。でも、もし俺の思っていることが合っていたなら、俺は荻原を見捨てたことになる。できることをしなかったって。彼女は俺を想っていてくれたのに」
久我が息を吸い込む。
「オルタ専属班に入れば、彼女を探しやすくなると思いました。彼女を探して、俺が思った通り、本当にオルタに憑かれていたなら治療をすすめる。愛情なんて綺麗なものじゃありません。俺の身勝手な罪滅ぼしなんです。俺は彼女のことを誰にも相談しなかった。だってそうでしょ? あの当時、オルタ憑きは狂人扱いでしでした。確証がないことを言うのは悪いことのように思えたんです」
違う。
響は自分の心の声に目を見開いた。
本当はわかっていた。荻原百合がオルタに憑かれていると。狂人のようだったからではない。もっと確かな要素があったから。
体がガチガチと震える。思い出すなと警告してくる。
それなのに、考えが止まらない。
狂人だと呼ばれる人間の目は他の人と違う。どう違うか。
それは響が幼い頃、周囲から嘘つき呼ばわりされたり、母を泣かせた理由。
オルタに憑かれた人の目は細くなるのだ。そして、その目を持つ人はこの世界に何人もいて、罪を犯すだけでなく、日常を平穏に送っている。知っていたけど、それは知っていてはいけないことだったから、誰にも言えなかった。
呼吸が乱れ、脈が速くなる。
どうしよう。どうしたらいい? 思い出してしまった。
汗が流れ落ちる。
せめて、オルタ憑きの目が細くなることを他者に言ってはいけない。言ったらアイツが来る。「思い出すなんて悪い子だ」と瞳が獣のように細い白衣の男が、恐ろしい笑顔で「まともになろうね」と意識がおかしくなる注射を片手に現れる。
俺が彼女に追い目を感じていた本当の理由は、オルタ憑きと獣のような目の関連性を知っていたからだ。俺には彼女の細い瞳が見えていた。関連性を忘れていても目には映っていた。誰かに言えば、彼女は今、適切な治療を受けられたかもしれないのだ。
「桐谷?」
久我が気づかわしげに声をかけてくれる。
響は笑顔を顔面に張り付かせた。久我やノアを巻き込むわけにはいかない。アイツは危険だ。アイツだけではない。あの施設にいた集団とは関わってはいけない。
「すみません。初任務で緊張して、昨夜なかなか眠れなかったんです」
嘘だった。
久我が唇を伸ばす。
嘘がバレたことに響は気づいた。だが、微笑み続けた。
「聞き込みに行きましょう」
久我とコンビニ付近の店や住居、通行人に話を聞いたが、目ぼしい情報は得られなかった。ノアと合流し、ノアの運転で署へ戻り、保管庫で武器を返却してから待機部屋へ入った。ゼアが待ち構えていたようにノアにあたたかいココアを差し出す。
自席についてココアを啜ると、ノアは響を見た。
「贔屓とかじゃないからな」
思ってもみないことを言われ、戸惑った。
ノアはまた一口、ココアを飲み、瞼を閉じて、机に肘をついた。
久我が椅子に上着をかける。
「ノアは甘いものを定期的にとっていないと、動けなくなるんだ」
久我は上着のポケットから飴を取り出し、こちらへ向けた。
「いざという時のために甘いものを、いつも持ち歩いている」
お前も持ってろ、とイチゴミルク味の飴を渡される。
響は小さく礼を言った。
大人しくココアを飲むノアの髪を、ゼアがすくい撫でた。
ゼアの瞳が両方とも獣のように細く、そして、やさしい。
今朝、この部屋に入った時は、ただ、目が細い人がいると思っていたが、今は違う。ゼアはオルタ憑きだ。ノアも、そして、たぶん久我も。
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