1人が本棚に入れています
本棚に追加
ポケットの中にはポケットが入っている。
コインポケットだとかいう名前がついているらしいが更にその中には小さく折りたたまれたメモが入っていた。
ー好きですー
知らないうちに入ってたそれは何日前のものかも分からない。つーか、こんな普段使わないポケットの中なんか見る機会ねーし気づけたこと自体が奇跡みたいなもんだ。
もしかしたら洗濯して解読不能になっていたかもしれなくて、というかむしろそれ狙いだったのかもしれなくてもやっとする。
できればこんな紙を寄こした相手をつき止めてどういうことなのか問詰めてやりたかった。
はあとため息をつく。
最後にこのズボンを洗濯したのはいつだったっけ?
そう、確か一週間くらい前だ。
こんな着たら肌に密着する場所に紙片を入れられる人間なんて限られてるんじゃねーかと思ったけど、プールの授業中なら教室に制服置きっぱなしだし割と誰でもやろうと思えばやれるのかも。
だったら学校にいる人間ってくらいしか絞れない。
(何人いんだよ)
ざっとクラスの数から計算して600人以上はいるよな?朝礼の時の人の山を思い出すと、ちょっと途方もねえ人数だ。
紙を光に透かすように掲げてよく見てみる。紙はオレも使ってるような横線入ったノートの隅をきりとったやつで、文字はなんつーか自信なさげな小さくてどちらかといえば下手な字だ。でも精一杯丁寧に書かれている。
知り合いの中にこんな文字のやついたかなと思い出そうとするけど、他人の字なんていちいち覚えてねー。習字の字でさえその時には「すげーうめーじゃん」とか感想はあったはずなのにその日のうちには誰がどんなだったか曖昧になってた。
自室の机の上でしばらくうんうん呻って、その日はそのままふて寝した。でも頭の中ではぐるぐると手紙のことが離れなかった。
次の日、国語の宿題でノートを集めることになったからハイハイと自分が立候補してその役割におさまった。どっかでぱらぱらとノートをめくって、ぴったりと合う切り取った痕が見つかればそいつが黒だ。そこまでうまくいかなくたって仲良い奴の文字くらいはチェックできるんじゃねーかな。
そう意気込んでたら、クラスの先生に日直と運ぶように言われてがっくしきた。今日の日直っていったらあんまり話したことのない帆士って女子だ。真面目そうなやつだしノートを覗こうとしたら多分止められるだろう。すっぱり諦めてまた次の機会を狙うことにして「早く済ませちゃおーぜ」って帆士に声をかけた。
「うん」と頷いたそいつにノートを半分持たせて残りをオレが持つ。
ドアの近くにいた女子に「ドア開けて―」って頼んで開けて貰って職員室までの道を歩く。まだ一時限目だから朝特有の澄んだ空気と照り始めた暖かい日差しが気持ちいい。
「あの」
「ん?」
小さい声だったからうっかり聞き逃しそうだったのをなんとか拾う。オレの周りって運動部だから声でかいやつばっかでこういう小さい声って慣れてない。でかい声でって言うよりもよく聞こえる様に近づいた方が早いから隣に並んで距離を詰める。相手は慌てたように一歩分離れて「あの」ともう一回言った。
それから目線を泳がせて口をパクパクさせてやっと言う。
「なんでノート運びたいって、立候補したの?」
「えー、なんだろ。話せば長くなるっていうか、個人情報に関わるっていうかー」
人に言いふらせる内容でもないから、どうしようかなってちょっと悩む。ええい、こっちから質問し返しちゃえと思ってオレはずばっと訊いてみた。
「帆士さー、ノートの端っこ切り取ってるやつ知らないっ?こう、5センチ角くらいの正方形にさー。オレ、持ってる切れ端とぴったり合うやつ探してんだっ!」
ずるり。
「えっ」
言うが早いか、帆士は盛大に階段から足を踏み外してすっころんだ。目の前の華奢な体が視界からフレームアウトしていく。
「うそおっ!?」
ノートが宙に舞ってパラパラとめくれる。けどそっちに目を奪われるよりも体がとっさに動いてノートを放り出して帆士の胴体に手を回す。けどいくら軽くたって人間一人を支えるのはちょっときつくて、帆士を抱えたまま階段の下にゴロゴロと落ちてった。
びっくりして脳がカッカしてるからよく分かんねーけど、あんまり痛い場所はないから、オレの方は無傷で済んだと思う。
「おい、大丈夫かよ?!」
慌てて助けた相手をのぞき込む。そうしたら、少し呆けたあと目からポロポロ涙を流したからすっげー焦った。
「どっか痛いのか?ぶつけた?」
「だ、だいじょうぶ」
大丈夫と声を発した拍子に更に涙がポロポロと落ちた。
見たところは無傷に見えるけど、打ちつけた場所があるかもしんないから後で保健室に連れてった方がいいかも知れない。でもとりあえず今は落ち着かせる方が先だと思った。
「怖かったなー?あんま気にすんなよ?重いもん持ってたんだし誰だってこける時はこけるんだからさ」
近くを歩いてた人が数人集まって様子を見てたから「大丈夫っす」って声かけて散らばったノートを集めた。
折れたり曲がったノートがなかったのも幸いだ。ささっと元通りに積みあげちゃって、元々一人で運ぶつもりだったし職員室はもうすぐそこだったからばばって運んじゃってすぐに帆士のところに戻った。
戻った場所でおろおろして待ってた帆士は開口一番ごめんなさいって謝ってまた泣きじゃくりそうになったからオレからもちょっとわがままを言ってみた。
「じゃあさ、放課後一緒にファミレスいこーぜ。んで、帆士のノート見せて?」
600分の1を一発で当てたらすごくね?
まあ違うだろうけど、一人一人違うって確認するのも大事だ。
案の定放課後見せて貰ったノートに切り取った痕なんかなかった訳だけど、なぜか一つだけ国語のノートが新品になって中身もまっさらだった。
それと、帆士とは少し話すようになった。
硬貨数枚分の隙間に押し込まれた気持ちが誰のものだったかはいまだ謎のままだけど、なんとなく本人からあらためて言ってもらえるんじゃねーかなって思う。
(終)
最初のコメントを投稿しよう!